マイケル・ジャクソンの死を悼む?
マイケル・ジャクソンが亡くなってから、彼の音楽を聴こう、彼のパフォーマンスを(映像で)観ようという人が増えているという。
人間は勝手なものだ。生前はメディアも大叩きに叩いてきたのに、世間の旗色が変るとすぐ「追悼」なんて言うのだ。
自分は、その人が死んでから、その人の一生を振り返ったり「この人は実はすごい人だったんだ」という人間のずるさのようなものが大嫌いだ。
好きなのなら、その人が生きているときに「好きだ」と言わなければいけないと思う。今、マイケル・ジャクソンのCDなどが売れていると言っても、彼にはそれは届いていないのだ。売り上げがあってもそれはただの世間の消費行動に過ぎない。生前彼がチャリティーをしていたように、追悼関連での売り上げの一部をそちらに回しているということも聞かない。
消費が冷え込んでいる時勢の、「珍しいコンテンツ」に過ぎない。
自分たちの売り上げのために、彼の死を利用しているわけである。
自分たちは「マイケル・ジャクソンの死を悼んでいる」という気持ちを満足させるために、世間の人たちは「マイケル・ジャクソン」を買う。
ただ、それだけのことなのである。
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