ONE LIFE

2009/10/17

謙虚になりたい

たいていの人から褒められても嬉しいと思わない性格をなんとかしたいと思っている。褒められてもモチベーションが上がらないからだ。謙虚さが足りないからだと思う。

自己評価が低いのに謙虚さがないなんてどういうことだろう? 自分は子供の頃からそうだった。自分を守るためかどうかは知らないけれど、自分にあるのは劣等感だけで、それと謙虚さを混同していたのかもしれない。

ただ、自分もそこそこプログラミング遊びを一般でいう努力に換えて、継続してきたからこそ今があるはずだ。それには都度どこかのタイミングで誰かに褒められたり、モチベーションが上がるようなインプットがあったのだと思う。それが何だったのか、自分はどのようなことから元気づけられるのか、つぶさに検証する必要がある。

なんて、考えすぎてしまうんだよなぁ。こんなことを考えてしまうのは、考えざるを得ないのは、こういうことを話せる友人がいないからで、それはひとえに自分の性格や人間性に問題があるからだろうし。改善したい、というのは向上心ではなく願望で、自分を行動させるような向上心には何かしらのモチベーションが必要。モチベーションが周囲との関係性や謙虚さからもたらされるならば、これはもう「できない」で閉じられてしまう。

だから自分はそれ以外からモチベーションを得ようと本を読むのかもしれない。

でも、本を読むだけでは何も変わらなくて、何かを変えるには実際に行動しなくてはいけない。そして、本からもらったモチベーションで行動する。たぶん、ここまでは良い。

問題は、たぶん、この継続だとおもう。これができていないのではないだろうか。

行動するときに、目標を細かく設定して、まずは自分で自分を褒められるようになりたい。
そして、目標をたてる、行動を起こすときは、その結果が自分を落ち込ませることがあるかどうかを考えて、そのような行動は絶対に起こさない、ということも大事だと思う。

失敗しても落ち込まないということがもちろん大切なのだろうけど、今は先ず、自分に自信をつけるための成功体験というものが必要なのだと思う。

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2009/09/22

伝えられるときに伝えなければ

最近、通勤中も、昼休み中も、家に帰ってきてもZARDを聴いている。

こういう自分はあまり好きではない。昔の曲を聴いているとか、甘えた気持ちになっているんじゃないか、というよりも、生前はほとんど聴いたことがなかった人の曲を、その人が亡くなってからこんなにも聴き、心を動かされているからだ。

自分は、生前は全く評価しなかったくせにその人の死後その業績をたたえるような人間というものの勝手さが許せない。好きだと、伝えられるときに伝えなければ、伝えるべき時に伝えなければ、その気持ちは、その伝えるべき人にとっては意味をなさないではないかと思うのだ。

今、自分が坂井泉水という人の楽曲を聴いて心を揺さぶられても、それは決して坂井泉水には届かない。彼女の死後にどれだけ多くの人が彼女の歌を聴いて励まされたとしても、それは彼女には届かない。彼女はもういないのだから。

伝えたいと思う自分たちの気持ちは、決して満たされないし、満たされてはいけない。自分たちが味わうのは感傷よりも後悔であるべきじゃないか、とさえ考えてしまう。

人を思う気持ち。自分が4年くらい忘れていた、ぼやけていた、あいまいだった気持ち。それを取り戻せそうになるまで気持ちが綺麗になっている。学生時代によく聞こえてきていた曲たちだからということもあろう。

今、また何度目かのターニング・ポイントに立っているときに、今までの自分とは違う自分でその曲がり角を見詰めることができているだろうか。

友人の協力を得て、自分は今、自らのターニング・ポイントに立つ。彼らに感謝しつつ、自分の殻を破りに、自分はそこに向かう。

どうか、そんな自分の力になって。あなたの最高の音楽と一緒にそこに向かうから。



ZARD 心を開いて

そうだ、今度みんなに会うときは、ZARDの話をしよう。自分が今、どんなにZARDに力づけられているか話そう。

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2009/08/21

ブログ記事「キャリアチェンジできる人・できない人」

オフィスで週に一度くらいの割合で、業務とは直接関係のないインターネットや自分たちのキャリアといった話題を見つけては自社のメンバーに共有しているのだが、今日はその中からひとつ、こちらにも載せてみようと思う。

 

渡辺千賀さんという人のブログ記事をご紹介します。

On Off and Beyond:
  キャリアチェンジできる人・できない人(またはする人・しない人)
http://www.chikawatanabe.com/blog/2009/08/careerchange.html

要点としては、

本当にキャリアチェンジできるのは、具体策がある人。結論が先にあって、そこから逆算して何をすべきかがある人。

ということです。

これは、キャリアチェンジに限らず、今の自分から脱却する、進歩する、と読み替えても良いかと思います。

また、この記事では具体策に、

・してはいけないこと

  1. ゴールなき努力を始める
    「とりあえず」勉強してみよう、と思っても大体挫折する。
     
  2. 大所高所の話に燃え尽きる
    国際人として望ましいキャリア、とかそういう抽象的な話を熱弁する人は、まずは実行に移さないことが多い。(中略)自分ができることをきちんと把握するのが大事。

・すべきこと

  1. キャリアチェンジ後の姿をよりよく理解するためのリサーチをする
    なんでもよいので、とにかく、ビジュアルに「そこに移ったら自分がどんな風になるか」ということが見えるくらい情報量を増やす。

の3点が挙げられていました。

確かに、具体的な「すること」「すべきこと」があった方がすぐに手は動きますし、それが継続的、将来的な目標につながっていれば、自然とゴールに近づけるような気はします。

「継続」ということであれば、具体的なことを「とりあえずの思いつき」であっても実際に始めてみて、少しの間興奮状態が続けば(少しでも継続できれば)、それなりに効果が見えてくるのではないでしょうか。

自分は個人的に、インターネットの一部で流行っている「twitter で英語でつぶやく/英語のつぶやきを読む」ということを数か月続けていますが、それなりに英語があまり苦にならなくなってきたかな、とは思います。

自分が何かしら進歩している、ということが実感できればやる気も沸いてきて、それが継続につながるのだと思いますが、まずは、自分の小さい進歩を褒めてあげられる、寛容に待ってあげられる、ということも大事かもしれないな、と思いました。

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2009/08/19

情報処理試験受験サークル会合

という名の飲み会が開催されることになった。言い出しっぺは今秋SC(情報セキュリティスペシャリスト)を受験する自分の後輩さんと、まぁ、自分。

自分は昨秋から、仕事の仲間に同試験を受けようと誘ったりしていたんだけど、今回はメンバーが充実しており(多いという意味ではない)、自分の仕事場の人たちと違って、みんなが受かる気満々な雰囲気がずっと刺激になっている。

昨秋は、自分の周りでは自分の他に3人の先輩と1人の後輩がチャレンジして全敗だった。体調が悪くなかったら合格間違いナシ!だった先輩がいたんだけど……。ああ、今考えても惜しかった。

今春は、昨秋も一緒にPMに当たって一緒に砕けてもらった先輩が一人と、冒頭の後輩さんと、それぞれと情報交換しながら臨んだ。この二人は残念だったようだけど、自分だけは破格の高得点(100年に一度の大まぐれ!)をたたき出して合格した。

 

今秋はすごい。自分よりずっと優秀で経験もある同期とご一緒させていただけるんだから。

今回はそんな人たちが集まって、試験についてああだこうだと語り合い、アルコールが入って少々ぼーっとしながらも、耳ざとく勉強や受験のポイントを仕入れようじゃないか、という会。本当は自分の合格祝いの会だったのだけれど……。まぁ、そうじゃなくても会いたいって言っていたし絶対、いいんだけど………。

 

そして、この集まりをドライブしてくれた後輩さんはとても真面目で、自分たち開発の人間から現場の情報が欲しいと言っている。いつも、つくづくさすがだなぁと思う。

今回、開発チームから自分が声を掛けた(というか、自分で声を掛けられる2,3人すべて)人たちはみな幅広い知識と好奇心、数々のリーダー経験がある。そして何よりも「技術」に対する姿勢はきっと彼女の力になると思っている。

 

本当に、今回集まる、自分を含めて6人の同期が、彼女の力になってあげられることを切に願う。

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2009/07/11

マイケル・ジャクソンの死を悼む?

マイケル・ジャクソンが亡くなってから、彼の音楽を聴こう、彼のパフォーマンスを(映像で)観ようという人が増えているという。

人間は勝手なものだ。生前はメディアも大叩きに叩いてきたのに、世間の旗色が変るとすぐ「追悼」なんて言うのだ。

自分は、その人が死んでから、その人の一生を振り返ったり「この人は実はすごい人だったんだ」という人間のずるさのようなものが大嫌いだ。

好きなのなら、その人が生きているときに「好きだ」と言わなければいけないと思う。今、マイケル・ジャクソンのCDなどが売れていると言っても、彼にはそれは届いていないのだ。売り上げがあってもそれはただの世間の消費行動に過ぎない。生前彼がチャリティーをしていたように、追悼関連での売り上げの一部をそちらに回しているということも聞かない。

消費が冷え込んでいる時勢の、「珍しいコンテンツ」に過ぎない。

自分たちの売り上げのために、彼の死を利用しているわけである。

自分たちは「マイケル・ジャクソンの死を悼んでいる」という気持ちを満足させるために、世間の人たちは「マイケル・ジャクソン」を買う。

 

ただ、それだけのことなのである。

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ITパスポート試験のCMを山手線の中で見た

のである。木曜日かな、寝坊してお昼頃に出社したときの山手線の中で。CMとか天気予報とかを流すモニタのようなもののなかで。

ボーっと、してたわけじゃいけれど、参考書からふと顔を上げた、というタイミングだったかもしれないけれど(自分はあまりこのモニタを見ないので、、)いきなり目に「ITパスポート試験」という文字が飛び込んできてびっくりした。自分にとってはなじみのある言葉だが、それが電車の中という一般世界にフッと現れたからだ。

ITパスポート試験と言うのは、IPA(独立行政法人 情報処理推進機構)が年に2回、春と秋に行っている情報処理技術者試験のITユーザ向けの資格試験。自分のようなSE・PM・アーキテクト職のようなITシステムを作っていくような技術者向けではなく、PCやインターネットを勉強や仕事に活用するような人たち向けのリテラシ向上のためのもの、という位置づけだと思う。この春からの情報処理技術者試験改革に伴って新設された。

自分のような技術職でなくても、ITを業務で使う人、ExcelやWordをガンガン使う人、インターネットでの検索・調査・情報収集など、日常的なIT利用者のための資格だ。いや、もはや「日常的なIT利用者」といったらほとんどの人が該当すると思う。

IPAでは「業種・職種を問わずITを活用する職業人すべてと情報系学科を中心とする学生を対象」という。

これからのITの技術革新にしっかりとついていって、利用者として「そんなの知らなかった」「損した」「そんな方法があったんだ」ということにならないように、その基礎体力をつけてみたらいいと思う。

ITパスポート試験紹介サイトhttp://www.jitec.ipa.go.jp/1_00campaign/index.html

この春(平成21年度春期試験)の問題と解答はこちらhttp://www.jitec.ipa.go.jp/1_04hanni_sukiru/mondai_kaitou_2009h21.html#21haru

 

自分はITパスポート試験より上級の試験を受けたわけだけど、それでもITパスポート試験には興味がある。自分には受けなくてはいけない情報処理技術者試験がたくさんあるから今すぐは受けられないのだけれど、それらがすべて一段落したら一度受けてみたいと思っている。

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2009/07/04

『奇跡の人』のチラシ

鈴木杏さんの舞台『奇跡の人』。

チケットはもう取ってあるんだけど、そう、チラシが欲しい……。明日あたり渋谷に行こうかな。

杏さんのブログ見てて思いだした。チラシのこと。より道カフェ

 

でも、今はこのくらいのことはtweetしちゃうから、あまりこちらにはpostしなくなっているのかもしれない。

とにかく、この舞台は楽しみです。もう6年も前になるのか。大竹しのぶ×鈴木杏の『奇跡の人』は。このとき、杏さんは16歳(誕生日前だったかな? それだったら15歳)、初舞台だったと記憶している。この時の印象は強烈だった。自分も舞台を観に行くのがほとんど初めてだったこともあって、そのライブ感に圧倒された。

その時の舞台には右の端に井戸があって、自分の座席はそのすぐ目の前だった。ラスト、サリバン先生が「W、A、T・E・R、WATER!!」とやるところは、まるで突き飛ばされたかのような衝撃だった。

 

ところで、春の情報処理技術者試験は成功に終わったのだけれど、一緒に受けていた元会社の後輩は残念だったとのこと。あああ、もっと自分が励ましてあげられればよかった、、、。ああ、残念だなぁ。でも、秋にまたチャレンジするということだから、自分の次のターゲットであるネットワークスペシャリストの受験と一緒にまた頑張れたらいいなと思う。

そのご褒美というか、試験日の後の10月31日(土)の昼のチケットが2枚取れているんだよね、『奇跡の人』。まだ試験の申し込みも始まっていないけれど、今から試験終了後の開放感の中で一緒に行けたらいいなぁなんて思っている。どうだろうね?自分。

あ、申し込みはまだだけど、もうすでに勉強はガンガン始めています。念のため。

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2009/05/31

コミュニケーション能力について② ない人間が生きて行くチャンスとは

コミュニケーション能力という言葉が独り歩きしている傾向はある。メディアなどではコミュニケーション能力がない奴は失業しても仕方がないと言っているようだ。それについての反対意見は聞いたことがない。そもそもコミュニケーション能力がないと自覚している人はパブリックなメディア(テレビ、新聞、雑誌など。これが今や主流であるかどうかは意見が分かれるだろうが、パブリックであるということではいいだろう)では発言する機会がないし、そのようなメディアではそんな話は誰も聞かない。それこそこのようなウェブをメインに発言しているのだろう。

昔は寡黙という言葉が通用し、それも個性の一つだったと思うのだが、半端なグローバル化でいろんなことが効率化された結果、少しでも非効率な寡黙な性格はビジネスの場では邪魔だということになってしまったように思える。視点が個人からスピードへとシフトした、ということだろうか。相手を思いやること、相手と少しでも深くかかわることにストレスを感じ始め、そのような関係を半ば強いてしまう寡黙さを嫌う、ということだろうか。

それとも昔からそうだったのだろうか? そうだとすれば、自分のような人間は近現代の社会では淘汰されるべきものなのかもしれない。とりあえず今もそんな人間になりうる(先天的、後天的含め)遺伝子が受け継がれてきているところを見ると、近現代より前はまだ寡黙な人間にもチャンスがあったということになる。

しかし、本当はそんなことはどうでもいいのだ。自分がどう見られているか、そのことに敏感になって、直していくべきだと思う点を間違えずに捉え、しっかりと直していくことが大事なのだ。時代や周囲の人間のせいにしても何も変わらないし、そもそも周囲とはそういうものなのだ。

みんながみんな友達ではないし、みんながみんな自分のことを好きでいてくれるわけではない。みんながみんな自分のことを気に掛けてくれるわけでも、心配してくれるわけでもない。

本当の意味で、個人とはそういうものだ。自分にとって必要な人間関係を自分で見つけ、それを作り出し、キープしていくこと。それが個人であり、自立するということだと思う。他人に頼り続けていてはいつまでたっても自立できない。

自立した人間として、社会における自分の欠点を見つけ、絶えずそれを改善し続けて行く。そしてそういったことはコミュニケーション能力の有無に限らず、他のどんなことでも同じだ。

自分のようなコミュニケーション能力がないとされる人間を毛嫌いする周囲の人たちを憎んだり、彼らに反発したりせず、自分を改善し続けて行くこと。それができれば自分たちにも生きていくチャンスがあると思っている。

 

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コミュニケーション能力について① 自覚している人とそうでない人

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コミュニケーション能力について① 自覚している人とそうでない人

コミュニケーション能力について改めて考えることになったきっかけは、6月からの不足人員を自分が所属する会社から出すとした場合、どんな人だったら6月が有効に回るようになるか、というような話が始まりだった。

自分はコミュニケーション能力の有無よりも、目の前の仕事と組織の中の自分の役割へのモチベーションの方がずっと大事だと思っている。でも、周囲では必ずしもそうではないらしい。おしゃべり好きでやる気のない人と、自分からはほとんどしゃべらず、こちらからも話しかけづらいけれど、頼んだ仕事は責任感をもって臨むような人。どちらが他のメンバーの足を引っ張らず、より沢山の仕事をしてくれるだろうか。

自分はもちろんコミュニケーション能力のない人間だ。それを言うとMPMからなぜか「自分をそう言っちゃいけない」と、まるで自分が自分のことを卑下した発言であるようなことを言われたしなめられた。

自分は、「この性格は自分のパーソナリティであり、自分はそんなコミュニケーション能力がないと自覚している人間の気持ちが分かる、と言いたかったのだ」と言った。

コミュニケーションは自明ではない。ただしゃべっていてもほとんど意思が伝わらないような会話はそれこそ毎日たくさん見られる。コミュニケーション能力がないと自覚している人間は、まず間違いなくそのことに敏感でいられているのではないだろうか。

自分のような、コミュニケーション能力がないと自覚している人間は、そもそも会話の絶対量が少ない。会話の経験がそもそも少ない。自然と他人とのコミュニケーションの場が少なくなり、つまり他人と意思の疎通を図るチャンスが少ない。自分たちは、その少ないチャンスを確実にものにしていかなければならない。

自分のような人間には一つ一つの会話がとても大切なのだ。自分が大事だと感じた会話は半年前のことでも昨日のことのように思い浮かび、たまにPMにそういった話を向けるが、よく覚えているなととても珍しがられることがままある。気持ち悪がられているのかもしれないけれど。

それが大事なことでも世間話でも関係なく、ただ長時間しゃべっていただけで何かが伝わるということはない。意思の伝達の量や質や密度は必ずしもその会話量に比例するわけではない。次のようなことだろうか。

  1. 会話中の前提知識をどれだけ持ち合えているか
  2. 会話の内容や相手にどれだけ興味があるか、話したいのか、知りたいのか
  3. 相手の話をしっかりと聞いているか、相手の意見や話を聞きたいと思えているか
  4. 会話中に分からないことがあったらそれを率直に聞き返すだけの親しみや信頼感をお互いに構築し合えているかどうか
  5. よりその話を充実させるために今どのようなことが必要か考えることができているか

これを考えると、ただのおしゃべり好きはコミュニケーション能力とほとんど関係がないようにも思えてくる。

MPMがその場で言ったことは、「問題があったら抱え込まない」ということだった。もちろんそれはそうだろう。自分に言われているようでもあって苦しかったが、それは周囲が気に掛けてやることもできるのではないか、と返してみた。MPMはそれが周囲の負担になると言う。

それを負担と感じる加減は様々だろう。「なぜアイツのために俺がいちいち……」と考えていたらそれは負担だろう。話し掛けづらい人に話し掛けるのは正直に言って負担だ。苦痛だと言う人もいるかもしれない。彼は周囲から壁を作っているように感じられ、話し掛ける方はその壁をよじ登ってHelloと声を掛けなければいけないからだ。

でも、真にコミュニケーション能力とやらを持っているならば、その壁を軽々と飛び越える羽も持ち合わせているのではないだろうか。

自分たちコミュニケーション能力がないと自覚している人間だって、ずっとそのままでいいとは思っていない。現在自分が所属している集団が崩壊したりその集団からはじき出されたりして新たな集団に所属しなければならなくなった場合、このコミュニケーション能力とやらは自分の人となりが理解されるよりもはるかに手前で評価され、ひいては運命を決定づけることもあるということを理解しているからだ。

それを考え続けるために、自分はここで細々と考えや不足していることを整理し、その結果を残しているわけだ。逆に、コミュニケーション能力があると自覚している人はここまで敏感にはいられないだろう。

 

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明日は我が身

現在のプロジェクトから、BP(Business Partner)さんが2名、抜けることになった。彼らが所属する会社が畳まれるらしく、彼らは同様な会社に入り直さない限り6月から個人になってしまう。自分が所属する会社は個人とは原則的に契約しないらしく、そのような運びになった。

PMから話を聞くと二転三転あったようで、とりあえず2名のうち1名は6月に入っても個人として契約を継続することになったらしい。とてもよかった。もう1名はどうやら次の会社を見つけることができたらしい。こちらもとてもよかった。

今の不況で、自分が所属している会社やその業界も随分とダメージを受けているが、今回のことはそれをとても身近に感じたことだった。その話をPMからされたときに、自分を戒めるというか、自分たちの気を引き締めるために自然と口をついて出たのが「明日は我が身かもしれませんよ」という言葉だった。

これはいくつかの意味があって、それは次のようなことだ。

  1. 自分たちが所属する会社だってどうなるか分からない。自分はもっと有用な人材にならなければならない。
  2. もし自分が会社から解雇されてもしっかりと仕事をしていけるような、会社内の価値にとどまったものではなく、もっと広く社会で通用するような人材にならなければならない。
  3. 自分が社会からどう見られるのか、敏感にならなければならない。

もちろんこんなことはその場でいちいち説明するわけはなかったが、その場にいる人間にとっては、とりわけ自分にとってはとても重要なことだった。

1、2については当たり前すぎて書く気もないが、3についてだけは今回の件で感じたことがあるので次からのエントリで書いておく。

 

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2009/05/28

痛い独り言 ―― 前を向いて走れ!

今月の連休明けにこのブログの記事の中でも特にプライベートな記事は新たに開設したパスワード付きのブログに移していたのだが、今日ほどそれを良かったと思ったことはなかった。

まぁそれでも、残った記事も十分に痛いものなのだけれど……。

 

ブログ人格なのかなぁ。自分ではそうは思わなかったけれど、改めてオフィスで自分がポストした記事を読んでいたらものすごい違和感に襲われていた。

 

今朝は、よく頑張った。昨夜は明らかに飲みすぎだった。結局3時間くらいしか寝ていない。一緒にいたみんなはどうかわからないけれど、自分は結構限界に近かったようだ。

でもいいこともあった。昨夜は非炭酸を覚えたのだった。自分は酒と言うと90%方はビールだったのだが、昨夜は一滴も炭酸ものは飲まなかった。反面、店員が余計に持ってきた梅酒まで飲んでいたからか、いつもの通りだいぶ過ごしてしまった。

いざという時(?!)に恥をかいたり相手や周りに迷惑をかけないためにも、次回は適量を覚えたいと思う。

というか、誰かと食事をしているときは2杯までだ、というのが昨日の結論だったな。忘れていた(こちらには書いてなかったし)。

 

自分は、一人では生きてはいけない。今までは、生きていたような気がしていただけだ。今も半分くらいはそうかもしれない。いつも、たいていは誰かを好きでいた。自分は、自分のためだけに生きて行く方法がよくわからない。

誰も自分のためだけに生きているわけじゃないのかもしれない。そうだとしたら、自分は単に、今の自分に納得することができないただの子供だというだけなのか。

 

R.D.レインというイギリスの詩人の「好き?好き?大好き? Do You Love Me?」という詩集の中に次のようなものがある。

Love is like the falling snow
once it comes it has to go

never say so, it's a lie
love's forever, 'tis time must fly

自分は、この詩集を大学の図書館で見つけた。最後の行の

「愛はとこしへ 飛びゆくは時」(村上光彦訳)

をどう解釈したらいいのか分からなかった。今でも分からない。本書の「訳者あとがき」にも触れられているのだが、その解釈では自分は納得がいかない。

愛なんてすぐに消えてしまうものさ、それはもう、あっけないくらいにね。

そんなこと、あるもんか。愛はいつだって変わらない。
ただ僕たちという時間が移っていくだけなんだ。

今、自分が訳すとしたらこんな感じかな。全然意味が違うのかもしれないけれど。愛が悪いんじゃない、愛は絶対で素晴らしいけれど、時間に支配されている人そのもののどうしようもない性(さが)なんだ。

ぼくは、彼女のことを、好き、と言って、いいのだろうか? もう?
誰かを好きでいなければ自分を保てない自分にすると、とても辛い問いだ。

 

ああもう!

前を向いて走れ!


Run, Don't Walk

 

がんばれ! 誰かのためにできることは、今の自分より、もう少しでもがんばることだ!

ただ何も考えずに、ではだめだけれど、自分の中の何かが明らかにこっちだと言っているじゃないか!
前を向いて走れ!

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2009/05/25

大切な仲間

合うとか、合わないとか、

それは、性格が合う、話題が合う、好みが合う、気が合う、
というものじゃない。

分かり合えない、話しづらい、性格が悪い、趣味が合わない、
そういうことじゃない。

相手のことを大切だと思っているか、
相手のことを受けとめているか、

今は分からないことばかりだけれど、
いつかは、相手のことを理解したい、
いつかは、相手のことが分かったらいいな、
そう思えているかどうか。

この思いが、お互いの関係の真ん中に来たとき、
その相手は大切な仲間になるんだと思う。

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2009/05/09

LINDBERG復活と、そのとき改めて考えたこと

あのLINDBERGが復活した。Amazon.co.jpで予約していたため、当日には「LINDBERG XX」が届いていた。

 

ネットをみると、おおむね好評のようだ。「昔聴いていた」という声も多く見かける。

しかし自分には懐かしいという感情はまったくない。だって、今までも普通にLINDBERGは聴き続けてきたし。

  • 昨年末作って先輩に渡したCDの1曲目に「LINDBERG XII」の「花」*1という曲を入れていた
  • 3年前に作ってKに渡したCDの4曲目(8センチCDだったので最後の曲)に「LINDBERG VII」の「6月の太陽」*2を入れた。

もちろん、今の4人が集まった、というのはとても嬉しい。今、4人が「LINDBERG」をやるならばいったいどんなものができるのだろうと思った。

 

ただ、演出なのか、マキさんの声が出ない?のか、「BELIEVE IN LOVE」と「every little thing every precious thing」*3は特にキーが下げられていて、「LINDBERG IX*4の頃の力強さと躍動感はだいぶ失われてしまっているように感じた。それがとても残念に思う。オリジナル版が頭から離れないからかもしれない。そのうち聴き慣れるのかもしれないけれど。

自分たちはLINDBERGのファンだけれど、だからといって彼らの音楽を「大目に見る」ようなことは絶対にしたくない。「ブランクがあったし、しょうがないよね」とは絶対に言いたくない。

いや、多分演出だと思う。「Over The Top」は「LINDBERG V*5のままの力強さだし! 今、自分がこのことをこんなに残念に思っているのは、単に彼らのライブのチケットが取れなかったから、かもしれない。。

 

こんなにも音楽が消費される時代に、LINDBERGは復活した。音楽はこんなにも手軽に楽しむものになり、自室で静かに耳を澄ますものから、イヤフォンで街で、電車の中で、仕事中のオフィスで、「ながら」で聴くものになってしまったように思う。以前からウォークマンはあったけれど、それがiPodに代表されるHDDに格納されるデータと化してからは一層加速されたように思う。

人がそのような消費を選んだ、ということなのだろうが、曲自体の持つ力というか、価値そのものが下がったような気がして残念に思う。

それとも、こう思うのは自分が大人になり、音楽に対する姿勢が否応なしに変わってしまったからなのかもしれない。しかし、現在も、中高生は自室で静かに好きなアーティストの曲を聴いて、勇気をもらったり「がんばろう」と思ったりしているのだろうか。今、彼らにもそんなことはできるのだろうか。アーティストに焦がれることができているのだろうか。

彼らにも好きなアーティストがいるのだろうか。とにかく好き!と言えるような、たとえばLINDBERGのことならば全曲、何でも分かる!と胸を張るような(張る必要ないけれど)アーティストをもっている、もてているのだろうか。

友達や先輩、後輩に、「自分はこのアーティストの曲を聴いて、勇気が出た」「元気が出た」「支えになった」「今の自分があるのはこの曲のおかげ」と語ることはできているのだろうか。

人は、素晴らしいものに憧れる。立派な人、スゴイ!と思う人を尊敬し、自然に敬意を払うようになる。今の音楽は、いや、音楽に限らずにすべてのメディアにおいて、不況を挟んで以前とは立場が逆になってしまっているように思う。メディア側、供給側がとにかく低姿勢で「どうか買ってください」と言っているような気がしてならない。これでは、誰も彼らを尊敬できない。ライブに行くと実感するが、以前に比べるとライブというよりもグッズの「販促会」のようになってしまっている。

自分はずっと、尊敬できる人、大切と思えるものを探してきた。そういったものがないと自分の芯があいまいになり、どちらを向いていいのか分からなくなるからだ。それがLINDBERGだったり、尊敬する先生だったり、著名な作家だったり実業家だったり技術者だったりスポーツ選手だったり俳優だったりした。

顧客獲得・売上向上のため、音楽や演劇といったもののすそ野を無理やり広げたためにそれらがファッションに堕した、とよく言われることなのだろうか。

売れるもの、いいものを作り上げる、ということは間違っていないと思う。ただ、自分はそういったものに積極的に敬意を払いたいと願っているのに、不況が、「顧客重視」というコトバが方向を狂わせ、商品そものの価値を下げてしまっているような気がする。尊敬する人には、もっと胸を張っていて欲しいと思うのだ。

 

今、日本は大消費の時代だ。ネット通販による衝動買いをしたという話はよく聞くし、自己破産も増えている。こんなに消費が増えているはずなのに不況だというのはどういうことかと思うが、その分リアルの消費が落ち込んでいて、合計すると同じかやや減ということなのかもしれない。

今はネット通販に対するリテラシーが形成されきっていないためこんなにも不要なものが売れているが、ネット通販に対する消費者の姿勢が確立されてくれば今日のような過剰消費はおさまるだろう。自分もこの「LINDBERG XX」を最後にAmazon.co.jpは使わないことにした。自分は郊外とはいえ東京に住んでいる。本当に欲しかったら出掛けて行けばほとんどのものは手に入るからだ。

そうなったとき、そこには尊敬を失ったアーティストだけが残ることになる。それは文化が崩壊するということなのかもしれない。そうやって日本は、一流国の座を他の国々に明け渡すのかもしれない。

 

今こそ、時代の流れの中に揺られているのではなく、自分が本当に必要とすることを見極め、本当に必要なものを手に入れなくてはいけないときのような気がする。

 

注釈

  1. LINDBERGの数ある曲の中で一番好きな曲。歌詞はこちら
  2. ほんわかとしたいい曲。動画、歌詞は見つけられなかった…
  3. 当時の動画:BELIEVE IN LOVEevery little thing every precious thing
  4. 名盤だ! 「BELIEVE IN LOVE」は「LINDBERG IV」に収録
  5. 「LINDBERG XX」に収録されている曲としては他に「恋をしようよ Yeah! Yeah!」がある

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2009/05/05

Twitterで英語生活

最近も、引き続き英語でTwtterを続けている。まぁ投稿(つぶやく、tweet)する内容なんて他愛もないものなのだが、それでも一回一回新しい単語や時制など、tweetすることでその先のネイティブの人たちにぶっつけてみている感じ。毎回文法の誤りを指摘されているけれど。

それでも、誤りを指摘されるたびに「Thank you」と返してつぶやき続けること。これがいいと思う。

 

Twitterではリアルタイムにつながり、画面上ではアメリカも日本もその他の国々もなく、すべてのつぶやきがごっちゃになってリストされ続ける。日本が昼間のときなど、多くのアメリカの方々のtweetがなくなるが、それだけでもTwitterが直接世界につながっていることを実感する。

今、自分は15人をフォローしている。中には何百人とフォローしている人も普通に見掛けるが、そんな人はすべてのつぶやきに目を通してはいないのだろう。自分はなるべく全てのつぶやきに目を通し、自分がreply出来そうなものにはしていけたらと思っている。

この15人はほとんど日本人以外の人たちだ。内訳は次の通りだ。

  • アメリカの歌手、バンド関連、2人
  • アメリカの上院議員、2人
  • グーグルやハイテク関連、3人
  • オランダ人の女の子、2人
  • アメリカ人の女の子、2人
  • アメリカ人の男性(多分)、1人
  • 日本人の男性(多分)、1人
  • Twitter関連、2人

アメリカでは、Twitterに有名なミュージシャンや俳優さん、スポーツ選手が積極的にこのネットワークに参加しており、もっとも人気がある(フォローが付いている、つまり多くの人にそのつぶやきが見られている)人は、あの、ブリトニー・スピアーズらしい(Twitter:britneyspears)。

自分がフォローしているのはA FINE FRENZYのAlison(Twitter:AFineFrenzy)と、今月日本に進出するバンドHey MondayのボーカルのCassadee(Twitter:heycassadee)。どちらも日本人にはなじみはほとんどないんだろうな。自分はTwitterでフォローをどんどんたどった結果、彼女らにたどりついた。そこからMySpaceに行き、即Amazon.co.jpでCDを買って聴いた。今でも聴いているが、とても良いものに出会ったと思っている。これも、アメリカでの流行をたどったことになるのだが、そういったものをリアルタイムに体験できるのも魅力の一つだ。

上記の自分のフォロワーのうち、アメリカの上院議員が2人いるのが異色かと思うが、アメリカでは政治家がTwitterを選挙や政治活動の広報に使っていて、ObamaやMcCainが大統領選挙で大いに活用したことが話題になったようだ(Twitterアカウントはどれが本人かわからないためリンクは載せないが)。このうち、共和・民主の上院議員を1人ずつ見つけたため、自分は彼らをフォローしてる。なぜかというと、まぁアメリカの政治の話題をつぶやいてくれるのかなというのと、もうひとつは彼らは正しい英語を使ってくれるだろうと。

それというのも、フォロワーのうちオランダとアメリカの女の子が計4人いるが、彼女らの使っている言葉は英語版ネット言葉であり、きわめて分かりにくいのである。初めは必死に使われている言葉を調べたりしていたのだが、次第に面倒くさくなり、現在ではあまり彼女らのつぶやきを読んではいない。(おぃ

また、グーグルやTwitter関連の、つまりハイテックな話題も含めている。特にTwitter:googleはグーグルに関するニュースがあるとつぶさにアップしてくれる。また、Twitter関連では、共同創立者のTwitter:evをフォローし、Twitterの新しい話題を追っている。

 

そして、今や自分の英語の先生となってくれているのが、アメリカ人男性(多分)だ。こんなにいい人が自分を文字通りフォローしてくれているのはとてもラッキーなことだと思う。彼は自転車(bike ride)が趣味で、結構本格的(一度に17milesとか走るらしい)のようだ。

というように、英語を苦にせずに何とかかじりついて、Twitterに現れる最大140文字のメッセージを少しずつ少しずつ読むだけで最近はだいぶ英文にも立ち向かえるようになってきた。先日発生したマシンのトラブルも、日本語のサイトでは解決できず英語サイトに果敢に向かって行ったところ、幸運もあったのだろうが、見事に解決したことがあった。折を見てそれを日本語に訳してしかるべき場所に公開したいと思っている。

そして、twitterで英会話のアウトプットを鍛えるにあるように、朝起きたら「I've just woken up.」、天気が良かったら「It's fine today.」とただつぶやく。そうしているうちに、何かつぶやきたくなったらまず自分がそれを英語で言うにはどういった表現をするか、ということを考える癖が付いてくる。

それにはモバイル環境からつぶやくのがいい。もともとTwitterはモバイル向けサービスだという思いが強い。ほとんどそのために自分はケータイを買い替えた。今ではつぶやきの半分以上は通勤前や通勤途中、仕事終わりのケータイからのそれだ。

タブブラウザが使えないモバイルからのつぶやきに役に立つのが、持ち運びに便利な小さな英英辞典だ。新宿新南口の紀伊国屋書店で買ってきた。もちろん良くよく選んできたのだが、ハンディなのに結構多くの語彙を網羅しており、気に入っている。英英辞典というかアメリカ人向けの普通の辞書であるため、訳や説明も当然英語で、説明自体が分からずに芋づる式に引き続けることもしばしばだが、それもまた楽しい。この際、引いた言葉がどれだけ頭の中に蓄積していっているかは問わない。ただ習慣づけるだけでいいと思っている。

 

また、自分は特に肩ひじ張らずにつぶやいている。「今から会社に行くために家を出る」とか、「今日は疲れたなぁ」とか。意外とこういう生活に根差した言葉を英語にするのは難しかったりするのだが、それをうんと考えて、何とかひねり出して、Twitterにぶっつけてみるのが楽しい。

だいたい自分はリアルでもちょっとだけ独り言の癖があるため、このTwitterの「つぶやく」ということに違和感はない。けれど、もしかしたら普通のひとにはなじみにくいものなのかもしれない。

でもまぁつぶやく。だいたい彼?が自分のつぶやきを読んでくれているため、たまに文法誤りのツッコミが来る。たまに自分も彼?にメッセージをしてみる。またさりげなく文法誤りを注意してくれたり、時には問題なく普通の会話ができていたりする。

ポイントかなと思うのは、やっぱりここが日本だということを伝えるようなことをつぶやくことだろうか。日本では今、朝の7時です(It's 7:00 AM in Japan.)。これだけで彼らにはない情報を提示していると言えるのかもしれない。そのことで、日本以外に住んでいる人たちに興味を持ってもらえるのかもしれない。

それ以来、今起きました(I just woke up.)とつぶやけば、「Good morning @tatakauashi! You've just woken up.」とさりげなく注意してくれる、といった感じ。「うわっ、時制間違えちゃった! 恥ずかしい~」と思いながらも、「Thank you」と返して改めてつぶやいてみる。

そして、なるべく自分に向けてつぶやかれたらすぐにreplyするべきなのだが、Twitterは基本的に独り言であるため、ぶっちゃけその場は無視してしまっても問題にならないというのがいい。後になってゆっくりと自分へのつぶやきを訳してみて、適切なreplyをしてもいい。リアルタイム性を追ってその場でわけのわからない(文法や綴りがメチャクチャな)返事をするよりはずっといいし、システムとしてリアルタイム性を実現しながらも、熟考してからの返事が許されるのがTwitterの魅力でもある。まぁより会話に近づけるようにリアルタイム性を重視してももちろんいい。その際は、間違いの指摘が多くなると思うので、お礼は丁寧にするとよいだろう。

 

紹介した人たち

Cassadee Pope (キャサディー・ポープ Hey Monday のボーカル)
twitter @cassadee MySpace(Hey Monday

Alison (アリソン A Fine Frenzyのボーカル)
twitter @AFineFrenzy MySpace(A Fine Frenzy)

Twitter twitter関連のニュースをポストしてくれる
twitter @twitter

Evan Williams (エヴァン・ウィリアムス twitter共同設立者)
twitter @ev

Google グーグル関連のニュースをポストしてくれる
twitter @google

Brittany Bohnet グーグルなどハイテクなホットな話題をポストしてくれる
twitter @brit http://www.brittanybohnet.com/

Veronica Belmont アメリカのケーブルテレビRevision3の人気番組Tekzillaのホスト他
twitter @Veronica

Jim DeMint アメリカサウスキャロライナの上院議員
twitter @JimDeMint

Mark Warner アメリカバージニア州の上院議員
twitter @MarkWarner

 

戦う葦 (佐藤ナイン 自分のことです。。上記以外もフォローする人は増え続けています。自分がフォローしている人たちも参考にしてみてください)
twitter @tatakauashi

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2009/04/26

真面目な自分が楽しい話をすることができるようになるための方法

自分は真面目だ。そのため、会社で周りの人間と話す内容は仕事の話が中心となってしまう。だって、仕事中だから。。その他の話をしたら、仕事に関係のない話をしたら、それは仕事をサボっていることになってしまわない?

世間一般では、そうやって仕事のことしか話題のない男は「つまらない男」に分類されるようだ。

いやだ。自分がつまらない男だなんていやだ。自分は、そうやって真面目ぶっている間に、「楽しい会話」というものを忘れてしまったのだろうか? これは、自分の中にある真面目な性格がもたらす、どうしようもないことなのだろうか。

この真面目で、何にでも論理的に捉える性格は、仕事の上ではとても役に立っている。だから、この性格を自分は否定することはできない。それは分かっている。ただ、でも、自分もみんなのように普通の話をしてみたいと思う。

来週は、すっかり部署が遠くに離れてしまった後輩と話をする機会が持てそうだ。自分と会って、話をして良かったと思ってもらえるような、充実した時間を過ごせたらいい。それには、真面目なだけじゃダメなのだ。それでは、何が必要なのだろう?

真面目さは、身勝手で独りよがりなものだ。「こうあるべきだ」という自分の意見を押し通し、下手をすると他人にそれを強制しようとする行為だとも言える。まして、それ以外のことを認めない姿勢ではコミュニケートなんてできやしない。真面目さは、自分の中の物事を整理したり、自分の仕事を進めるには役に立つかもしれないけれど、自分の外と交わる時には邪魔になりかねないものだと思う。

自分がいて、相手がいる、という状況を考えたときに、その「状況」に「自分」が他人として向き合っているのではなく、「自分」が「ふたり」の一部なんだ、という認識を持たなくてはいけない。「ふたり」は「自分」だけではないのだ。「自分」だけ満足しても、「ふたり」は満足しない。「自分」の満足よりも、むしろ「ふたり」の満足を最優先に考えなければならない。そこに「自分」はいらないのかもしれない。

自分は、ふたりの一部になって、いっしょになってその時のふたりを育んでいこう、と思うことが必要なのだと思う。

自分の真面目さを通すのではなく、ふたりがその時間を楽しく過ごせるように。

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2009/03/25

最近twitterとYouTubeで英語に親しんでいます

一週間くらい前、業務の合間に隣の先輩にふと話しかけたところから、自分のtwitter時間がやってきた。

twitterにログインし、ふらふらと「友達を探す」などとやっていると、実に英語の利用者が多いことに驚く。グーグルやマイスペースを除けば、こうやって一つのコミュニティに全世界の人たちがまとまってサービスされているのは珍しいと感じた。

そして、そうやって英語でメッセージをポストしている人たちのfollowをどこまでもたどっていく。一向に日本語に出合う気配もない。

いつだったか、ふと、見慣れない言語に行きあたった。ああ、と思った。これはアラビア語だ。

失礼を承知で書くけれど、一瞬、自分がまったく理解できないその文字が異様に思えた。そして同時に、自分たちが使う日本語に対しても、英語圏の人たちは同じように「異様に」感じるのだろうということを悟った。

 

以来、twitterの自分のプロフィールを英語にし、ポストするメッセージもほとんどを英語に変えた。日本語にする場合はわざと日本人向けに書いている。まぁtwitterもブログと同様、友達がいなければ誰も見に来ないのだけれど。。

そして、自分はあるナードなグループをtwitterサーフィンで見つけ、彼ら、彼女らのYouTubeのビデオを見ながら英語を勉強している。勉強しているというよりも、自分の「ファン心理」をかき立てて彼ら、彼女らの言葉を一生懸命聞こうとしている。理解しようとしている。これが意外に楽しく、また、意外とよく聞き取ることができる。おすすめ!

今日、はてなブログにiknow(smart.fm)とか、ネットを上手に利用してほぼ無料で英語をマスターする方法 | 口コミ発信・モノ人という記事がピックアップされていたけれど、自分の中にもこれには同意するところがある。まさに身をもって体験中だった。

インターネットは広いと、改めて感じている。梅田望夫さんの著書を読んでいても分かるけれど、日本語だけしか使えないのではインターネットの中の世界をほとんど知ることはできない。インターネットの恩恵を真に受けることはできない。そういう思いを改めて感じている。

 

At the end of this article, I introduce her, Anke, cute and awesome girl lived in Netherlands.

 

その後のtwitter+英語の成果はこちら「Twitterで英語生活」。

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2009/02/28

プロフェッショナルになりたい

羽生さんがNHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」という番組に出演したとき、「プロフェッショナルとは?」という質問に次のように答えた

24時間、365日、プロであり続ける人

これは梅田望夫さんが著書「ウェブ進化論」や「ウェブ時代をゆく」に書かれたような、いわゆる「ギーク」と言われる人たちへの表現と酷似している。シリコンバレーで活躍する彼らは、自分の好きなことを24時間365日やり続ける、いつもそのことを考えている、という状態を何年もキープし続けている。

 

今、事業部のリーダー級の人たちが集められて、某大手会社様への提案プロジェクトがあるという。自分はそのメンバーに含まれていないのだが、金曜の帰り際にPMに水を向けると、彼はあっさりと提案依頼書(RFP)を貸してくれた。実はまだ詳しく読んではいないのだが、この土日で読み込み、ご質問事項を目標100項目と提案書のたたき台とを作成して事業部長とPMにたたきつけてやろうと思う!

うちの事業部のメンバーは皆スマートすぎて、このように土日に「仕事」をすることを真っ向から否定する人たちばかりだ。彼らも残業、休日出勤はするが、あくまでも「仕事」としていやいややるだけだ。「どうしてもこれがやりたい!」といって夢中になって仕事をする人間は、自分の事業部の中では皆無ではないだろうか。

この提案書の提出期限は再来週の中ほどなのだが、PMは「時間がない」としか言わないし、彼の話だと他のPM連中もやる気はないらしい。どうせ提案書を作成しただけではお金はもらえないし、多忙な業務の合間を割いて作成したとしても、そもそも提案が通らなかったら元も子もない、というわけだ。

自分が思うに、みんな、スマートなサラリーマンなのだ。仕事は仕事、プライベートはプライベート。自分も小学生、中学生の頃からそう思っていた。

でも、仕事がそこそこどまりで、かつ自分の人生のメインではなくプライベートの時間への燃料くらいにしか考えていないとしたら、人生はみんなと同じようなプライベートの時間がただ過ぎていくだけのものになってしまうような気がする。

会社に雇われている、雇用関係で成り立っている人間関係・社会の時間。ただそれだけが「仕事の時間」と捉えてはいないだろか。仕事は給料をもらうためだけにしているだけで、あくまでも人生のメインはプライベートな時間だ、と。

じゃぁ、その人はリタイアして、人生の実績を考えたとき、いったい何が残っているのだろう。何をなしたと胸を張るのだろう。

 

今のこの仕事についた個人個人の経緯は知らない。ただ、今この仕事に就いている以上、その時間の実績はその仕事で出すしかない。実績を出す、何かをなすには、ギークたちのように夢中にならなければいけない。自分たちと同じように提案依頼書をもらった他社の人たちが夢中になって仕事をしているのに、自分たちはスマートに土日はしっかりと仕事を忘れて、平日の夜遅く本社に集まって不満顔をしているだけ。そんなことで何かをなすことなんてできやしない。

もちろん、個人のプライベートの時間を否定するわけではない。ただ、本当に大事なことがあるというならばいざ知らず、そうでないならば、人生において仕事に比重を傾けるべき瞬間にもっと敏感になってもいいんじゃないかと思う。ここは頑張るべきじゃないか、とか、いい仕事ができそうだ、とか、ライバル他社に負けない提案をしたい、とか、自分からすれば、今、自らを発奮させる事柄には事欠かないと思っている。もちろんこれも個人の自由だけど。

とりあえず自分は、この土日で自分にできること、自分がしなきゃと思うことをしっかりとして、自分がここにいることを本社の人間に分かってもらい、自分がより価値の高い仕事ができるようアピールしていきたい。もしこの案件が取れたならば、プロジェクトマネージャとは言わないまでも、設計リーダーくらいにはなって、できたら、また先輩と仕事をしたいと思っている。

そんな夢みたいなことに本気になって、夢中になっていること、これが今の自分の実績なのだと、後になって胸を張りたい。

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2009/02/17

中川昭一大臣の記者会見を見た時僕は

会社から帰ってきたら、中川昭一財務大臣が辞任していた。G7後の記者会見のときにまともな受け答えができず世界に恥をさらした、又はその会見のときにワインを飲んでいた、という理由らしい。

初め自分がこの記者会見の様子を見たとき、中川さんはどこか悪いのだろうかと心配してしまった。脳機能に障害を受けると時にはああいった症状が出る。意識がもうろうとしたり、うまくしゃべれなかったり。大学のときに神経心理学を少々勉強したときに、そんなVTRはずいぶん見た。自分は正直、ワインと聞いてほっとしたのである。

別に自分は自民党支持者ではないし、むしろ小学校の時(当時は竹下登首相だった)から反自民で郵政選挙の時もそれは貫いたくらいだが、中川昭一さんくらい自信があってパワフル(に見える)政治家は応援したくなる。個人的には麻生首相よりずっと総理大臣が似合うと思っている。野球の巨人と同じで、アンチ巨人からチームは嫌いだけど選手は別に嫌っていない、ということに似ていると思う。

中川さんが次に表舞台に復帰した時は民主党(連合)政権かもしれないけれど、ぜひ自民党総裁になって、真の日本の前進のために与党民主党(連合)と活発な議論をしてもらいたいと思う。

日本だと、与党になった方が全てを取り、負けた方はゼロになってしまうが、そもそも政策論争というのは相手がいなければならず、相手がいなければ物事に対する多角的な見地は得られないはずだと思う。自分は反自民だけれど、「日本の政治」を考えたとき、どちらかが数が多いからと一方的に政治を行うのではなく、共に高い議論をしていこうという姿勢は大事ではないだろうか。

野に下った後の中川総裁、期待しています!

 

2009/03/08(日)追記

この記事にたどり着く検索キーワードに「中川昭一 うつ」というのがよく見られる。どういうことかと思い実際に検索してみると、本当にひどい記事がたくさんあってびっくりした。

中川さんがアルコール依存症だとか、それにうつ病を合併しているだとか、今に自殺するんじゃないかとか。ひどいことこの上ない。きっとこれらを書いている人はそれらの症状とは全然縁もゆかりもないのだろう。

自分はこういったことを思ってこの記事を書いたのではない。あくまでも「一目見て心配してしまったけれど、酔っていただけだと聞いて安心した」ということが言いたかっただけだ。

それにしても、インターネットならばどんなことでも言えるものなのだなとつくずく思ってしまう。「今に自殺する」なんて、面と向かって一対一で話をしたら絶対に言えないことなのに、そんな失礼なことも集団・匿名の力でやってのけてしまうのが日本人なのだ。そういう人たちこそ、インターネットの力(の幻想)に酔っているんじゃないのか?

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2009/01/24

オバマ大統領の演説がテレビで再放送

オバマさんの演説が人気だというニュースをよく見る。語学教材として始まり、それ以外の「聴き心地」のようなものが受けているらしい。

なぜこんなに人気があるんだろう? みんなちゃんと聞き取れているんだろうか? かなりあやしい。

日本で人気といっても、はたして英語に堪能な人も好んで聴いているんだろうか?

英語を聞き取ることが苦手なほとんどの日本人にとっては、英語の演説なんて、特に英語を勉強しようとしていない人にとっては、どこかファンタジーなんじゃないだろうか? 日本人にとって最重要国の8年ぶりの大統領の交代、その最渦中の人の政治演説だ。聴いていて、ついインテリジェントな気持ちになっても不思議はないと思う。そんなことに、自分は意味を感じることができない。

ただ、それを何も知らないのに批判することもできないだろう。

20日の大統領就任演説は聞かなかったのだが、その反響はすごかったらしい。その様子が今日の深夜、NHKで放送されるらしい(「英語で聴く オバマ大統領就任演説」)。NHKのページではその演説の全文が掲載されている。「英語で聴く」ので、和訳は載っていない。

意味は分からないけれど、とてもためになるものだし、演説も力強くて、聴いていて気持ちが良い。

そんな程度でこの「オバマ演説」という現象を自分の中で消化したくない。

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2009/01/05

派遣切りについて

こんなことを書くのは、自分が恵まれているからで、おそらく自分は、こんな派遣社員の方々のことを、正しく考えることができていないのだと思います。

派遣切りについて、1月4日のサンデープロジェクトで姜尚中さんが、

経営陣がその給料を少しずつ削れば派遣社員を1年くらい雇うことはできる。

ということをおっしゃっていた。自分はその言葉を聞いて「なるほど!」と思った。

しかし、確かに、経営陣がその給料の何%、何十%を削れば派遣社員は解雇せずに済むだろう。でも、会社には仕事がない。

経営者は派遣社員の神様になったつもりで、派遣社員に対して、1年間、給料を今まで通り払うが、ずうっと自宅待機、ということになるかもしれない。無駄な在庫は作りたくないからだ。そうなったら、どうだろう。

派遣社員の方々は、それで納得できるのだろうか。お金は今まで通りもらえる。だけど、仕事はもらえない。こんな状況に。

確かに、こんなことは市場経済の中ではあり得ないかもしれない。しかし、リタイアしている父などは、利益剰余金がたくさんあるんだからそこから払えばいい、ということを言っている。

今、カンブリア宮殿に出演中の日産のカルロス・ゴーン氏は、自動車産業は市場経済に振り回されるままにしてはいけない、社会の中で自動車産業は雇用の維持などで大きな役割を果たしており、特別なのだ、ということをおっしゃっていた。

ならば、それを全うするためにも、雇用は維持する。しかし、在庫を抱えるわけにはいかないため、仕事はさせない。こんなことはあり得ないことではないと思う。

日本国内でも自動車会社はキャッシュがあるようだし、可能なのではないだろうか。

 

しかし、そんな夢のような状態に、はたして人は耐えられるのだろうか。根拠のない給料は今まで通りもらえる。おそらく寮にもそのまま住めるだろう。ただ、何もすることがない。働く必要がない。会社から、働いてもらいたいとは思われない。逆に働いてもらいたくないのだ。会社の、ただのお荷物状態になる。

同じく姜尚中さんの「悩む力」に書かれていたが、人はお金をもらうためだけに働いているわけではない。社会に対して労働を行い、それに対して周囲から認められるという状態が必要なのだ。自分はこの言葉に大いに共感した。

 

ただ雇えばいいというものではないのだ。派遣切りは難しい問題なのだと改めて考えさせられた。

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2009/01/02

自分を向上させていくために

今年の、自分の人としての向上を目指すための目標を書く。

自分は、人と会話をしている時、相手の意見に賛成である場合でも進んで反対意見を提出し、言い負かそうとしてしまうという悪い癖がある。天邪鬼というやつだろうと思う。

普通、円滑なコミュニケーションを心がけるならば、まずは相手の意見に同調的でなければならないと思う。自分の場合、相手の真意を理解しようとする前に反対の意見をぶつけてしまう。しかも、本当は相手の意見に賛成の気持ちがあっても相手の敵の立場から言い負かそうとするのでたちが悪い。自分に自信がないからであろう。相手をとにかく自分よりも下にしたがるのだ。

最近、先輩に対してもプロジェクトメンバーに対しても、そうやって反対意見を出して議論をすることよりも、もっとまとまってみんなの意見をじっくり聞こうとする方が、チームの雰囲気も保たれ、そのあとにより良い話ができるということに気付きだした。

まぁ、あまり日常的に議論を吹っ掛けまわるのは嫌われる元だと気づいただけ、ということもあるけれど……。

 

もう一つは、目の前に起こっていること、起こりうると予想がつきかつ起こったことはどんなこともまず受け入れよう、ということ。

自分はよく、会社に遅れそうになる、または予定時間より遅れた場合、よく電車のせいにしてしまう。

現に、平日の朝はヤフーの乗換案内で計算される所要時間よりも通常10~15分は遅れる。先輩はそういうのを見越して始業の30分近く前にオフィス入りするようにしているというが、自分はそんなことで30分も早く家を出る気にはなれなかった。結局、余裕が足りずに予定の時間に遅れたりすると、自分はつい自分以外のせいにしてしまっていた。

先輩にも、このようなことはマイナスに映っていただろうな。

というわけで、これは前のものにも通じるけれど、目の前で起こったことは、まず自分の中に受け入れること。そして、それがもとで生じる問題に事前に対応できることがあるのならば、それは自分の責任で行うこと。他人を過剰に当てにせず、自分のことは自分の責任で対処すること。

第一、電車が遅れるなんて、その可能性ならば事前に十二分に分かっていることだ。世の中では相当考えたって、情報収集したってわからないことはたくさんある。そんなことに比べれば、予想できることはどんどん織り込んで行動しなければもったいない。

 

今年の、人間としての向上のための具体策:

  1. 話をしているときは、まず相手の意見を受け入れて、まず同意の言葉を返すこと
  2. どんなことも、自分自身で回避することができることならば、絶対に他人のせいにしないこと。世の中に自分自身ではどうしようもないことなんてそんなにない

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2009/01/01

2009年の抱負

自分の社会人としてのキャラは、マネージャとエンジニアの二つから分類されるならば、先輩と同じく後者になる。

先輩も自分も、工学部情報工学科出身のテクニカルエンジニアである。プロジェクトチームの中では、プロジェクトリーダーの技術補佐のような役割を担当し、技術担当副リーダーといったポジションだろうか。現に、自分も先輩のことをそう呼んでいた。

先輩と自分は、元来、その役割がかぶるのだ。去年の後半はずっとそのことを考えていた。

去年は、たまたま2つあるプロジェクトの性質とそれを考慮した自分の部長への進言から、自分が参加することになるプロジェクトを選択することができたため、そんな先輩と同じプロジェクトに配属となった。しかし、もうそんなことはないだろうと思う。

自分は、このままでは、おそらく、二度と先輩と同じプロジェクトとなることはないだろう。

もしかしたらそれは、たいしたことではないのかもしれない。仕事と、プライベートは、個人的な感情は、別だ。

でも、そんな自分でも先輩ともう一度同じプロジェクトで仕事をしてみたいと思うならば、自分が変わるしかない。

今年は、去年受験したプロジェクトマネージャ試験やその勉強の過程も踏まえ、もっと本格的にプロジェクトマネージャとしての勉強というか、訓練というか、修行、のようなものをしていきたい。

つまり、自分のプロジェクトチームでの位置付けを変えて、先輩とその役割をかぶらないようにすれば、あるいは同じプロジェクトで仕事ができるんじゃないか、という単純なことなのだけれど。

しかし、話は単純だけれど、浅はかな考えでそう決心したわけじゃない。

 

自分が自分をそんなに待つことができるかどうかは正直不安だけれど、二か年計画で自分のプロジェクトマネージャへの道程を見ていきたい。去年のラスト一か月半程はPMの隣でいろいろ話をしてきた。そのほかにもプロジェクトマネージャ試験についていろいろ話をする機会を持つことができた。更に、1月からはMPMも先輩に代わって本プロジェクトに参加することになった。自分が、現役のPMから学ぶ環境はこれ以上ないといっていいだろう。

現在のプロジェクトはあと7か月くらいは続くという観測がある。それまではPMのそばでその仕事振りなどを学んでいきたい。それ以降は全く未定だが。

まずは年明け、自分はプロジェクトマネージャになるべく勉強をしていく旨をPMや部長(や先輩?)に宛てて表明しようと思う。部長には以前柔軟性の面で自分にはプロジェクトマネージャは向いていない旨を示唆されたことがあるが、おそらく、自分から成りたいといえば勉強する環境は与えてもらえるんじゃないかと思っている。ただ、その部長とは付き合いも長いため、自分のことはとても理解してもらえている反面、「無理だ」と判断されたら全く何もさせてもらえないかもしれない。その場合は上司を選択する、ということを考えなくてはいけないのかもしれない。

 

とにかく、この一年は更に、自分が今まで自覚していた特性とは違う方向への勉強にもっとウェイトをおこうと思う。無論、エンジニアとして自分が完成されたとは思っていない。まだまだ技術者として勉強していかなければいけないこと、常に情報を集めていかなくてはならない分野などがあることは自覚している。

しかし、一度に両方を達成することが難しいのも確かだ。まだまだ自分の生活に無駄やむらがあり、そこをスマートにしていくことができればある程度は両立もできるのだろうが、それは相当難しいだろう。もちろん努力はするが、新しいことを始めるには、今までしてきたことを幾分やめる必要があるとは最近本でよく読む言葉である。

だいたい、バリバリの技術者は若手がやるものだ。幸い現プロジェクトには若手が二人ほどいる。彼女、彼らに自分のような技術的な探究心があれば言うことはないのに、と思うことはある。しかし、彼らにしてももう「言われたことだけ」やっていればいいという年齢でもないし、逆にそれでいいというのは彼らに失礼でもあるだろう。今年のもう一つの目標として、彼らをもっと信頼し、どんどんプロジェクトの中でもっともっと重要なポジションを任せていきたいと思っている。

そして、自分が取るべき技術的な方向は、細かな技術よりもやはり要件から全体像を組み立て、それを人に説明していく、ということだろうと思う。実現すべき技術的な枠組みが見え、それを人に説明し、実現するためにはどのようなものが必要なのか、それを知らせる。そういった視点を持てるようにならなければいけないと思う。それには、もっともっと積極的に要件定義などのミーティングに出席し、参加者がどのように全体像を捕らえているのか、どのように個々の要件を実現させていこうと考えているのか、といったことを直に、積極的に意見交換していくことが大事だと思う。

 

今年の目標はこの三つ。

  1. PMについてプロジェクトマネージャの実務を勉強する
  2. 後輩技術者に自発的な研鑚を促し、プロジェクトでの役割を引き上げる
  3. 要件定義に積極的かつ集中力を持って参加し、各人の考えているプロジェクトの実現プランを議論する中で、その実現イメージを自由に描き、それをすばやく人に説明する

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2008/08/09

自分を常にベストに保つ谷亮子選手の姿を見て、自分たちは

今夜は同じような記事が日本中のブログに投稿されるのだろうが、やはり自分も、自分なりに感じたことを書かずにはいられない。

北京オリンピック日本選手の先陣として、谷亮子選手が銅メダルを獲得した。自分は今回のオリンピックに取り立てて興味はなかったものの、ほぼ同年代である谷選手だけは気になっていた。とはいえ、今日、まさにこの時間に試合中だとは知らずに、適当にNHKをつけたところ準決勝の真っ最中であった。

自分は剣道をやっていたため、どうしても柔道と剣道を比べてしまう。柔道では、その得点(というのか?)が一本を最高に技あり、有効、効果、と細かく分かれる。技が掛けられたとき、その得点はほぼはっきりとしており、これらのどれかに分けられる。一方の剣道は、一本のみが得点として認められる。他に反則があるが、これは試合の結果には影響されない。反則を2回やると一本となるだけである。このため、繰り出された技が一本か否かが大きく、剣道をあまり見ていない人にはその判断が難しいらしい。そのためオリンピック競技になっていない、という話をしていた人がいた。もちろん競技人口もあろうが。

準決勝では、谷選手は試合時間の終わり頃に指導を受け、それが相手の効果の得点となってそのまま敗れた。自分の視点からすると不条理だと思うのだが、谷選手はそんな世界でずっとやってきたのだ。そんなことを言ったら失礼にあたるだろう。

試合中、谷選手は常にクールである。これは今までのオリンピックや他の試合でも同じだった。世界へのお手本として日本の柔道の礼と道を示しているようであった。自分だけ指導を受けた時は戸惑っていたようだったが、試合後も、3位決定戦でも静と礼は失わなかった。もちろん試合に負けたショックも大きかったであろうが。

自分がすごいと思ったのは、自身もショックであったろう準決勝での敗戦がありながらも、そのしばらく後の3位決定戦まで自分を保っていたことである。クールでいてかつ闘志に満ちている谷選手の表情にいつの間にか釘づけになっていた。

冷静さも闘志も、それを保つのはとても大変なことである。思いがけない敗戦のあとでは、がっかりし、あるいは自分がなくなったように感じ、集中力を保つことが難しいのではないかと思う。頭では分かっている、集中しなければいけない、カーっとなってはいけない、冷静に試合を判断するんだ。こんなことを試合中まで考えているようではきっと勝てないのであろう。身体が自分の意識下で動かされている感じ。それは、闘志、モチベーションが下がっている状態なのではないだろうか。

谷選手はその長い選手生活の中で、自分が集中するときの呼吸、冷静な意識、闘志に満ちた身体の感覚、そういったものを自ら診断し、コントロール術を身につけてきたのかもしれない。「いつもどおりに」ということを選手たちは答えるが、そんな自分自身の対話の中でいつも通りの自分を引き出し続けてきたのかもしれない。

しかし、そうは言っても、あらゆる選手が「いつも通りの力を発揮すること」を念頭に置いているように、それはとても難しいことなのだと思う。長い間、マスコミや多くの人から期待と声援と少しの攻撃を受ける立場に立ってきて、「こうでなければいけない自分」というものの意識もあると思う。

自分の柔道が自分だけのものではない感覚。そんな中で一人孤独に闘いながらも、今目の前の試合に勝つ、ということだけは自分だけのものだったのだと思う。潔く負けを認め、感情的にならずに柔道家としての礼を重んじ、冷静でいながらも闘志を燃やし続け、周囲に影響されず、自分のベストを発揮する。

自分はその姿を見て、正に、今の自分のお手本だと思った。今回の銅メダルは、自分のような「今、頑張りたい」と思っている多くの人たちに力強いメッセージになったと思う。柔道の試合の苦しみもそこそこに「谷亮子金メダル!」ということだけを報道されるよりは、少なくとも自分の胸には響くものだったと思っている。

谷亮子選手の無念さを無駄にしないためにも、自分たちは頑張っていかなければいけない。

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2008/07/27

a love of over thirties

先日、自分の先輩と後輩の婚約発表が社内メールの個別発信であった。社内メールの個別発信というのは、社内メーリングリストでワーと全社員に流すのではなく、ToやBccに送信したい人のアドレスだけ入れて送信するというもの。つまり、この先輩と後輩にあまりプロジェクトなどでかかわったことがない人には送信されなかったのだろうと思うのだが、幸い自分はこの先輩・後輩ともかかわりがあったので喜びの声?を頂戴することができた。そういえば自分はこのメールにまだ返信をしていない。月曜の早朝にでもしておこう。

この先輩は自分の7期上で、年齢にしてたぶん自分の5つ上。結構な?歳である。技術的に長けていて物静かに見えるのだが、自分のような後輩にもよく声を掛けてくれ、仕事に対するモチベーションも高く、マネージャやリーダのような役割もこなすオールラウンド・プレーヤである。2年くらい前は自分の半年後輩の、結構可愛い女性を追いかけていたという噂があるようだ。かく言う自分もそういった現場を見ていて、この噂の信ぴょう性に一票投ずるものである。

一方後輩は自分の1期下で、院卒だったから歳も1年下だったかと思う。勉強熱心で向上心のある人だ。ちょっと地味な印象を受けることもあるが、少し話をしただけでもその幅に驚かされることがある。

このニュースを読んで真っ先に感じたのは意外性だった。まぁ普通こういったニュースに対しては「えっ!?」と思うものなのだろうが、すぐに気を取り直し、「びっくりしたぁ、そうだったの、おめでとー」と素直に転換していかないのだ。確か今は同じオフィスに出ていたと思うのできっかけはあったのだろうが、「どうてまた(彼女なの)?」という思いが消えなかった。それは、このSI業界にいて彼女は結婚をするタイプには見えなかったからだ。

 

疑問はまだあって、「先輩はどうやって彼女のことを好きになったのだろう」というものだ。彼女より目立つ女性ならば他にもいたと思われる。先輩はベストな気持ちを持って彼女を選ぶことができたのだろうか。

この世の中で一番どうにもならないものは、他人の心ではなく自分の気持ちだと思う。他人の心ならば自分のはたらき掛けで何とか動かすこともかなうだろう。でも自分の気持ちは簡単に自分の思う通りに動かすことはできない。自分には嘘はつけないのだ。彼女にとっては失礼な言い方だが、先輩が彼女で「妥協していない」と言える根拠があるのならば、自分はそれを見てみたいと思うのだ。

 

自分は今、先端技術なオフィスに移って2か月というところ。このニュースがあったあたりから自分の恋愛対象として感じ始めた人ができた。

しかしその人は、上記の彼女のような、一般に「結婚しない」系の先輩なのだ。この2か月の間でこの先輩の口から「結婚しない」の言葉を聞いたことはない(というよりこの手の話題はタブー視されているように感じている)が、その言動からは結婚を意識している風には感じられなかった。なるほど、この先輩ならば自分と違って精神的にも安定しているようだし、この先も技術系・リーダ系としてその役割を全うしていくこともできるだろう。たまにそういった同じような先輩社員の話題を出すこともある。

この先輩は、周囲から自分がどう見られているか、ということをだいぶ意識されているようだ。自分がそういう「キャラ」であることを公言するし、自分の意識さえもその「キャラ」で包み込んでいるようだ。確かに彼女は女性として目立つ顔でもなく、背も高くなく、男の子のように痩せている。だからと言ってそんな周囲のイメージに自分の型をはめ、すべてを投げ出すようなことを言うことはないんじゃないかと思う。

最近、彼女の優しさを感じることが多くなった。先週は体調が思わしくなく、自分が精神的に弱っていたこともあると思う。ただ、会社のない週末ごとに揺れていた気持ちがこの金土日で定まってきた実感がある。ただ、そう思うのと同時に同じくらいの大きさの疑問が自分を支配することになる。

自分は本当に彼女じゃなくてはいけないのか?
ただ近くにいて、優しくしてくれればいいのではないか?
自分の気持ちは、本当に彼女で満足するのか?
彼女が自分のベストなのだと、本気で言えるのか?

そして、

こうやって迷いのある気持ちが、正しい恋愛感情であると言えるか?

 

先日、こんな迷いを動かしうる考え方を見つけた。自分はどうもこういう迷いには何らかの答え、哲学を求めてしまうのだ。

それは、自分が彼女を選ぶ、という考えを一切捨てることだ。ただ自分が彼女のことを知りたいと思ったら素直に行動に移す。相談したいことができたら素直にしてみる。会いたいのならば遅刻せずに真っ先に出社すればいい。彼女の役に立てることがあれば協力すればいい。自分たちの年齢を気にするんなんて、そんなことずっと後回しでいい。

 

自分たちくらい以上の恋愛感情には、容姿や表面的な魅力や情熱といったものは必須要件ではなくなるのかもしれない。ただ、すでに固まってしまった自分というものが素直に惹かれるもの、自分が無理をする必要のないもの、ちょっと安心できるもの、そんなものが含まれていれば幸せにつながるのではないか。そんな思いから来るような気がする。

冒頭の先輩も、そんな気持ちに達したのだろうか。それとも、恋愛感情にはまだまだ先があるのだろうか。

とにかく今は、自分のことを考える。そして彼女のことを考える。彼女のことを考えて、湧き上がる気持ちから自分が行動を起こし、その結果が自分になくてはならなくなったとき、自分は胸を張って彼女に恋をしていると言えるだろうと思う。早くそんなときが来ればいいと思う。

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2008/07/02

あなたが大切だ

先日の朝、いつもと違うドアから電車に乗った。途中の地下鉄の駅の窓から、栗山千明さんの公共広告機構のキャンペーンが見えた。次の言葉の左側に、千明さんが佇み、まっすぐこちらを見つめている。

命は大切だ。命を大切に。
そんなこと何千何万回言わ
れるより「あなたが大切だ」
誰かがそう言ってくれたら
それだけで生きていける。

調べてみると、これは2005年のものだそうだ。テレビでも流れていたというから、自分も知っていたのかもしれない。全然覚えてはいなかったのだけれど。

インパクトというものはそんなものなのかもしれないと思った。当時は何か感じたのだろうけど、3年も経つと全く覚えていないのだ。

 

この言葉は真実か。おそらく、ある人には真実、というか肯けるもので、ある人には疑問を呈したくなるものかもしれない。それはどちらも実感を伴うものかもしれない。

この言葉を、ふと追求してみたくなった。これだけで小説がひとつできあがりそうな気がする。もちろん、このようなテーマでは既にいくつも書かれているのだろうけど、改めて、自分はどのようなストーリーを喚起され、どのような結論になるのか、突き詰めていってみたいと思った。

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2008/06/20

誠実な野望

最近は朝が苦手だ。月、火と思わず二度寝し、両日ともに午前半休としてしまった。先週の半ばころから腰痛が再燃し、それに伴って頭痛がするようになっていた。今はだいぶ良くなって今日などは久しぶりに5時起きができているが、腰痛&頭痛は2,3か月に一度くらいひどい時期がある。前回は確か3月に、その前は11月だったか。

自分は圧倒的に運動不足である。せっかく5時に起きたのだから、5時半くらいから1時間くらいはどこか走ってくればいいのだ。髪を切りに行くと、マッサージをしてもらう時に必ず肩の凝りにびっくりされる。部屋の中で素振り(バットではなく木刀)をしてみたりしているが、そんなことでは焼け石に水である。と、諦めるのは更にいけないと思う。さぁ、今日もちょちょっと腕立てをしよう。続けることが大切である。

ITエンジニアとしてはもう歳なのだろうかと思うこともしばしばだが、SEのためのうつ回避マニュアルのP51にある「うつ病予備軍テスト」では「カラダ疲労型」と診断、「年齢よりも、ストレスで身体が衰えた状態になっているようです」とのこと。『ストレス対策をして元気になれば若返る』が今や希望の言葉になっている、、。

今日実践したのは、茂木健一郎さんが「プロフェッショナル 仕事の流儀」という番組でおっしゃっていた、「朝起きるとまずPCをつけてブログを書く」といものだ。起きてすぐ、何も考えずにPCをつける。それだけで寝床にフラフラと戻ってしまうリスクを減らせると思う。

 

先端技術な仕事である。相変わらず要望・バグありきのプロジェクトだ。全体的なもやーとした計画のみで、後はひたすらtracでいう「チケット」で全体がドライブしている。エンドユーザからこの要望が、とか、ここバグでした、とか。そんなコマゴマとした事象にメンバーが対応していっている感じ。

このおかげで今自分が担当しているチケットは、普通ならば

  1. 3~5日くらい事前調査をして、
  2. その結果をレポートにまとめて、しかるべき担当者にレビューをし、
  3. ユーザを交えた議論の結果「それでいこう」となり、
  4. 設計書を3日くらい掛けて書き、レビューをし、
  5. コーディング、単体テスト、そのレビューをし、
  6. 開発環境で結合テストをし、そのレビューをし、

といったことで最低でも2週間は掛ろうかというものなのだが、実質的な期間は2日である。2日で本番環境(まだ本格稼働前)にリリース、お客さんを交えた連携テストをするという。毎回「これがアジャイル開発なのか」と思うのだが、PMは「これをアジャイルだとは思って欲しくない」と言っているらしい。

本当に目からうろこな心境である。こんなプロジェクトもあるのだなぁと思うが、この開発チームはいわゆる「ITゼネコン」である一次請負会社の方、つまりはプロジェクトマネジメントをしている方も技術系で、開発チーム全体が設計、開発を行う人間で構成されている。普通の大学の研究室のような雰囲気なのだ。自分ははっきりいってこのような雰囲気は苦手だ。みんなが親しくしていないといけないという義務感を持ってしまう。

 

昼食時に、この6月で自分とチェンジしたメンバー(自分の同期だ)の話になった。彼は数年前に結婚したのだが、以来、出世?や給料といったものに貪欲になっている、という話を先輩から伺った。

彼は、同期の間でも穏やかで「ナイス・ボーイ」で通っていると思っていたのだが、それは入社後数年で、今は結構野心高い、という内容の噂だった。

それを聞いて口をつぐんでしまった自分をいぶかしんだ先輩に反射的に自分の口から出たのは、「そのような、奥さんのためとか家のローンとか、そんな理由で野心高くなるのは正しいことですね」という趣旨の言葉だった。

さすが、彼は野望が誠実な理由から成り立っていると思ったのである。そんな理由で上昇志向を持てるのは、ある意味幸せではないだろうか。といっても、そんなに難しいことじゃない。このような気持ちはだれでも持ちえるものなのかもしれない。こんな気持ちを持ち続けている間は、家族として奥さんを愛しているということなのだろう。

その場にいるメンバー4人(自分は下から2番目の年次だ)はみな未婚のため、発言内容としては少々問題だったかもしれないが、改めて、彼を羨ましく思ったのである。

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2008/06/14

[ONE LIFE]歌舞伎町の冒険

今夜、新宿の歌舞伎町の一角で、『電脳コイル』ナイトが開かれている。自分は情報収集を怠っていたため前売り券を手に入れることができず、当日券争奪戦(ただの抽選だけど、、)の結果、破れて今、自宅にいる。再放送の最終日、今、歌舞伎町では何かが起こっているのだろうか? 明日にも、参加することのできた幸運な人たちの「『電脳コイル』ナイト」レポートを探すとしよう。

自分は、歌舞伎町が苦手である。今日は午後5時頃に入ったのだが、あそこはいつでも騒然としている。風俗系の店が並んでいるのに、普通な通行人も少なくないところ。観光というか、コマ劇場に北島さぶちゃんを観に来られたオバちゃん方や、高校生のようななりの男の子たち、女の子たち。まぁ歌舞伎町がよく似合っている男性、女性、オジさん、オバさん方もいらっしゃるが。普通にお巡りさんがその名の通り巡回している。ホームレスのようななりの人(ホームレスなのだろう)がコンビニのガラスにアクロバティックに寄りかかって眠っているし。

自分はこのコマ劇場の位置がよく分からなかった。地図を見れば、あの雑然とした空間に入ってすぐなのだが、あの空間に入る道が3通りあり、いちばん広い、いちばん西武新宿側の道に入ればいいのだが、そこを間違うようなのだ。まぁ年に1,2回しか用はないし、だいたいあそこを訪れることになるのは夜が多いため、コマ劇場の建物もあまり覚えていない。今日は「『電脳コイル』ナイト」の当日券抽選会がある5時半までの30分間、存分に歌舞伎町~新宿三丁目のあたりを散策していた。もうコマ劇場の場所は完ぺきだ。

その散策の間、とても、とても懐かしい曲に出合った。あのSPEEDの「ALL MY TRUE LOVE」だ。たぶん、いつも掛けているんだろうな。でも何の店から流れているのかはよく分からなかった。めちゃくちゃ懐かしくなってしまった。もう10年も前になるんだなぁ。すごい。

 

ということで、「『電脳コイル』ナイト」に参加できなかった自分は今、10年前のSPEEDのライブDVD「SPEED TOUR RISE IN TOKYO DOME」を引っ張り出してきて観ている。もう「Starting Over」もサビにならないと曲名が思い浮かばないことがちょっと残念だが、あのエネルギー、パワーは改めて感動する。

  
ALL MY TRUE LOVE    SPEED TOUR RISE IN TOKYO DOME

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2008/06/08

[ONE LIFE]秋葉原惨劇と「社会の闇」報道について

今日、秋葉原で無差別通り魔事件が起きた。東京圏に住む比較的若い年齢層の人たちはヒヤっとしたのではないだろうか。自分が巻き込まれていたかもしれないと。知人が巻き込まれたのではないかと。

事件の経過など詳しいことは各ニュースサイトの記事に任せるが、ここで一つ取り上げたいのは、今回の事件を引き起こした容疑者に対する各テレビ報道のスタンスである。

初めに、自分は容疑者の肩を持つわけでも理解を示すわけでもないことを書いておく。そして、このエントリを書いている時点では、職業に代表される容疑者の社会的な立場、現代の労働環境・社会環境の中の階層は明らかになっていないことも付け加えておく。

今見ていたニュースで、アナウンサは「若者の中の厭世感」、「社会の闇」などということを口にした。彼女ら、彼らはなぜ簡単にそんな言葉を口にできるのだろうかと訝った。

容疑者と彼らアナウンサの間には、現代の労働・社会環境上に成り立っている生活レベル、身を置いている社会レベルにおいて、もはや理解し合えるものは何一つないと自分は考えている。社会的に成功している人間に、そうでない、25歳になっても未だ未来を求め、もがき苦しんでいるような人間のことが理解できるはずがないと考えている。そんな人間が今回の容疑者のことを少しでも理解することができるとするならば、その大組織、大社会から放り出された時だけだろうと思う。苦労の多少を言うのではなく、結果として社会的に成功が見えている人間のことは、大多数の未だ成功が見えない人間にとって理解し難いのと同様に、逆もまたそうであるはずだ。

「社会の闇」とは何か、真剣に議論をする気のない人間にはその言葉を発する資格はない。少なくとも、「さて、ここからは気分を切り替えて水泳の話題です ~」などとあっという間に「切り替え」る話ではない。

難しい問題に触れ、「分からないですね」とだけ報道することの意味が分からない。通り魔のことは分からない。故に私たちは正常なのだ、とでも言うつもりなのだろうか。「私たちはこの事件に関する共通の認識を持った仲間です」というスタンスのようだ。通り魔はあちら側、自分たちはこちら側。そんな人間に、「あちら側」の「心の闇」「社会の闇」が分かるのか? まるで、こちら側の平和な世界に、あちら側から人を殺しにこちらに侵入してきた、とでも言いたそうではないか。

今や、社会の心の問題は深刻になり、複雑化し、このような報道も含め、社会の中でこの問題が連鎖的に広がっていっているように思える。その原因などはさまざまな書籍に譲るが、大事なのは、この状況が単なるスナップショット(2008年6月8日現在の状況)というだけで、右肩上がりでますます深刻化する過程の切り抜きの一片でしかないということだ。

現在から五年前、十年前を振り返ったならば、誰もが社会の闇(と報道されるようなもの)は深まったと答えるだろう。それと同じように、今から五年後、十年後の私たちが今、今日を振り返ったとき、社会の闇はますます深まった、と感じるに違いない。

 

どうして人を殺さなければならなかったのか、どうして人を殺したくなったのか、と、報道はまるで容疑者を化け物扱いする。少し冷静にこのようなコメントに対してみると、「オマエ、マンガの読み過ぎだよ」、「もっと大人らしい、知的で示唆に富んだ表現はないの?」と思わずにはいられない。

通り魔の容疑者は化け物だったのか? 彼は人間ではないのか? では、いつ私たちは彼を化け物と認めたのか? 通り魔事件を起こした瞬間からか? 彼が事件を起こそうと秋葉原に向かった瞬間からか? 彼が刺した人間の一人が息を引き取った瞬間からか? それとも救護に駆け寄る警官を後ろから刺した時か? それとも、彼が学生時代を卒業し、この社会に、今の社会階層で入ってきた瞬間からか? もしも学生時代に猟奇的なアニメ・ゲーム等に親しんでいたとしたら、その時からか? もし子ども時代に猫を殺したことがあったならば、その時からか? 二十五年後に通り魔事件を起こす運命を持って生まれた瞬間から? その化け物に、家族はいたの?

 

社会は変わっていく。社会だけではなく、人も、歴史も、伝統も、もちろん会社、産業も、すべてが変わっていく。現在、今、のすべてはいつだってそれらの過程にすぎない。食糧危機も、危機の前からすれば現在はその結果だろう。しかし、未来から見れば、現在はその過程にすぎない。これから危機が更に悪化するのか、改善を迎えるのかは分からない。社会の闇も同様で、現在の闇の「濃さ」は社会という定点観測の一時的なプロットにすぎない。ただ過去を見、その傾きが急であることは確かだ。

私たちは、そんな社会の闇を少しずつでも払拭していかなければならないはずだ。そして、そのためにはそのための努力をしていかなくてはならない。社会の闇は、誰かが払ってくれるものではなく、社会を構成する一人一人がその努力に関わっていかなければならないものだ。そのために、報道の役割は大きいはずである。報道は、このような事件を、過去数十年の暴力事件、殺傷事件、精神系患者事件などのような、「自分たちではない、誰か」から被った「被害」といった捉え方ではなく、社会に所属する人間全員が、もっと真剣に議論、対応をしていかなければならない「私たちの事件」として扱うべきだ。

 

自分は学生時代に精神薄弱になりかけ、通学はつづけたものの二年間留年するという経験をした。今の社会ではまったく自慢にならない汚点そもののである。また、去年は会社で仲の良かった同期を、この四月には真面目な後輩をうつで自分の周りから失っている。そして今、もう一人の同期がうつに悩んでいるようだ。もちろん程度の差こそあるだろうが、私たちは「社会の闇」の中に生きている。

誰かのせいにするのではなく、また、そのような身の回りに見え隠れする社会の闇を見て見ぬふりをするのでもない。私たちは、自ら進んで彼ら、彼女らの手助けをしたいと願い、そのための努力の仕方を学ばなければならない。こんな自分も、その努力なしにただぶつかれば、それは彼ら彼女らにとっては無神経な介入にすぎないからだ。

 

この社会には、社会の闇にのまれ、いわゆる「成功のレール」から外れざるを得なくなった人が急増している。なぜか、彼ら彼女らに関する報道はほとんどない。自分のような人間は、いつ彼らのようにレールから振り落とされてしまうのか、いつレールから自ら降りる時が来るのか、そんな恐怖の中にいる。これは真実だ。

社会の闇を身をもって知っている人間と、そうでない人間の間の溝は深くなるばかりだ。しかし、今は社会の闇とは無関係だと思っている人間は、いつその溝を軽々と越えて闇に捉われるかもしれないのに、そのことにあまりにも無頓着であるようにも見える。社会の闇は密室の毒ガスのようにあたりに充満していて、部屋の場所によって濃い・薄いがあるだけなのに、そのことに気づいていないかのようだ。また、それは、自分は平気であっても、自分の周囲にいる大事な人はそうではないかもしれない、ということにも気づいていないことだとも言える。

 

社会の闇、心の闇の問題は、この社会に在籍する人間すべてが真剣に学び、取り組んでいかなければならない問題だ。他人事でも対岸の火事でもない。今、あらゆる年齢層で社会の歪みが起き、それが拡大していっている。私たちは、「相手を想う」「痛みを感じる」といった幼児レベルからの感覚に今一度向き合い、他人を平等に感じる、理解し合いたいと思う、というところからあらゆるレベルの人間関係を改善していき、社会の闇、心の闇を消していく努力の仕方を学んでいくべきである。

もちろん、ここで学ぶべきはこのような精神論ばかりではなく、その具体的な方法においても、それぞれが責任を感じて身につけていくべきだと考えている。

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2008/05/01

[ONE LIFE]喪失の記録

昨日、新人2年目の後輩が退職した。

彼女は自分と同じ部の同じグループであったのだが、この3月にちゃんと挨拶するまでは、自分が違うお客様のところに出ていたこともあり、顔さえ知らなかった。3月に、彼女が参画している案件のあるオフィスに自分も出向になり、そこで初めて顔を合わせた。実はその1か月ほど前の社員旅行でもちょっと顔は見ていたのだが、その時は彼女がそうとは確認しなかったし、どちらにしろ顔は忘れていた。

彼女は美人というよりは可愛く、可憐という言葉を使いたくなるほど無垢に見えた(まぁ大学を卒業した人間を無垢というのもおかしいが)。そしてそれ以上におとなしかった。周囲のすべてに、少しとりすぎではないかというくらい距離をとった応対をし、一様に丁寧だった。彼女のいるオフィスでは、自社の人間は彼女の他には自分の1年下の後輩だけで、つまり彼(以下、A)にしても少々年次が離れているため、それほど打ち解ける間柄ではなかったようだった。自分にしても、彼女を知っているのはオフィスの他では部の飲み会でだけだったが、いつも静かに笑っているだけで、部のみんなが彼女を捉えられずにいたようだった。そんな雰囲気が彼女にはあり、「彼女には手を出してはいけない」という暗黙の了解が、男性陣の間には少なからずあったように思う。

自分もずっと「静かな子なんだな」と思っていただけだったのだが、それが彼女の「防備」らしい、ということは、この2週間くらいに知った。

彼女は今月の中旬あたりから、よく休むようになっていたのだった。彼女のOJT担当であるAに聞いてみると、どうやら今年に入ってからもこういうことが度々あり、一度部長とGL(グループ・リーダ。一般で言う課長くらいか。 このGLは自分と同年だが)とそのことについて話をしていたらしい。そんな場を持ってみても、部長もGLも彼女のことは「分からない」と言っていたそうだ。体調なり気分なりをを崩し、休みがちになっているのだが、いざ面接をしてみても淡々と静かに、丁寧に受け答えをし、決して本心を明かさなかったようなのだ。

大人というものは、後輩の方から進んで近寄ってこない限りは、自分からよく知ろうと思うことはなかなかない。後輩ならば自分からすり寄ってくるのが当たり前だと思っているし、自分から近寄って行こうとするのはちょっと変だと思っているのかもしれない。とりあえずその時は本人も「大丈夫です」ということになったらしく、部長・GLも「じゃぁ頑張って」、つまり放置というか、成り行きを見守るという名の知らん振りと相成ったらしい。2人にしても、彼女の本心が分からなかったためどうすることもできなかったようだ。今思えば、このGLは女性であったのだから、もう少し彼女の心に寄り添ってあげることができたかもしれなかった。しかしいかんせん、彼女の心は堅かったし、7歳という歳の差はどうしようもなかったのかもしれない。

そのGLが仕切る、自分と彼女が所属している十数人の「グループ」には彼女の同期が1人いた。しかしその彼にしても彼女と同じプロジェクトだったことはなく、特に同期会で顔を合わせでもしない限りはあまり親しくもなかったのかもしれない。いや、それでも同期というのは特別なものだし、彼らに対しては彼女も違った表情を見せていたのかもしれないとも思う。

 

自分には仲の良かった同期がいた。が、彼はいつの間にか休みがちになり、担当プロジェクトも変えてもらい、しばらく仕事を続けていたらしいのだがついに辞めてしまった。自分はこの事を彼が辞めて1か月後に初めて知った。辞めた後、彼は郷里に帰って静養しているそうだ。彼とはここ1、2年は部も違い、時々メールのやり取りをするくらいしかなかったのだが、そんな悩みを抱えていた彼の力になってやるどころか、知りもしなかったことがとてもショックだった。体調を崩した時、退職するときはうつ気味だったそうで、今では彼とは簡単に連絡も取れなくなってしまった。もう1年近く前のことだ。

彼女が最近休みがちだということを知ったとき、自分はすぐにこの彼のことを思い出した。力になることができなかった彼の人生がどんなに変わり、彼女もまたその危機の中にいるということが、自分を緊張させた。何としても力になりたいと思った。

その週が明けて22日火曜日、その日の朝、彼女は自社に出社し、4月から変わった部長と面談をする予定だった。そのことは前日、オフィスを訪れた部長から直接聞いた。その部長は面倒そうに、「あいつはもともとうちの業界を特に志望して入ったわけじゃない」とか、「あいつ(会社支給の)ケータイにも出ねぇ」などと口にし、彼でさえ彼女とはろくに話もしたことがないはずなのに、初めから厄介事扱いだった。その部長のことは自分もよく知っていたのだが、この日、改めて彼のことを幻滅したのだった。

そんな部長が彼女に何を言うのかは想像ができた。「どうなってるんだ」「仕事、できないのか?」「電話には出なさい」「(心療内科の)病院に行け」「休め」。彼女は自分と同じく技術職に就いているのだが、部長は「無理だったら事務・管理職に移るか?」とまで言ったそうだ。

自分は彼女のことが心配になり、どうしても面談の前に彼女に声を掛けておきたくて、その日はオフィスに直接出社せず自社で彼女を待った。自分は面談を気軽に受けるようアドバイスし、部長が何を言っても気にしないで欲しいということを伝えたかったのだが、自分もどう言葉を掛けてよいのか分からず、「××さん(部長のこと)、説教するとき変なこと言うけど、気にしないでね」としか言えなかった。もっともこれは、自分が、たとえ年下であろうと、女性に声をかけることが苦手であったということが大きな要因ではあるのだが。自社のオフィスの前で電話で部長を呼び出した彼女は、ほんの少し緊張した表情で、そんな自分に愛想笑いを返してくれたのだった。

それから1週間、彼女は出社しなかった。自分は頻繁に彼女のOJT担当であるAや部長と連絡を取り、彼女の様子を聞いていた。部長によると「今人事(部門)と話してる」というだけで、一応面談したという部長としての役割を果たし、後は人事に丸投げ、ということらしかった。その「人事」の意味することころを、自分は分かっていなかったのだった。休職なのか、他部門へ移るのか、せいぜいそのようなところだと思っていた。自分はてっきり、5月からはともに自社に戻り(もともとそういう予定だった)、彼女の様子を見ながら少しずつ仕事を教えていくつもりでいたのだった。そのために自社の自部門のメンバーで今年度のキックオフの飲み会も提案していた。自分と彼女が潜り込めるような案件を気づかれないように探ってもいた。

オフィスを後にする月末が近づくにつれ、Aと話していて挙がったのは、彼女の荷物がまだオフィスに残されている、ということだった。このままでは彼女はオフィスに顔を出すことなく今月を終えることになりそうだった。自分は彼にそのことについて彼女に連絡を取るように言い、最終日前日の休み、自分もたまらず彼女に確認のメールを入れた。どうもAは彼女に対してさばさばし過ぎ、もうちょっと気に掛けてあげないといけないと考えていたからだ。

自分は、そのメールに対する彼女からの返信で、彼女が今月末で退職することを知った。

自分はその時、東京駅から銀座の辺りをぶらぶらしていたのだが、まさに一足歩くごとにそのメールの重さが増していき、自分の用が済むとすぐ帰路についた。そのメールの返信を書くのに3時間を掛けてしまった。

初めの「荷物はどうする?」の確認のメールは、彼女の普段のノリに合わせた気安げなメールにしていた。彼女は今大変な状態にいるのだが、あくまでも彼女が示す態度に合わせ、何でもない風を装った。

しかし、東京の真ん中で彼女のそんな返信を読んだ途端、自分は自身のコントロールを失ってしまった。その日はずっと「うつにサヨナラ」という、優しく語りかけるような本(絵本といってもいいかもしれない)を読んでいたことも影響し、自分の中で、ろくに知らない彼女のイメージが暴走していった。

彼女はついに退職を決意した。そのことが、表面上はどう振る舞おうと、彼女の心は弱り、一人で苦しみ、一人で最後の決断までさせてしまったのだと思わせた。そんな彼女の相談にのってあげる人間が、彼女の周りにいてあげることができなかったのだ。あのオフィスには彼女のそばにはAしかおらず、ハッキリ彼では論外だった。しかし、自分のいる業界で年次を経ているということは、すなわち二十歳前後から入社2,3年の間に彼女のような経験、急に出社することができなくなるくらい気持ちが沈んだり、周囲に対して完璧な防壁を築いていたり、をしたことがないということかもしれない。思い返してみても、こんな彼女の力になれそうな人は、自分の同期にも、先輩にも、後輩にも、ひとり数えられるかどうかだ。

彼女が性格的に真面目で、ずっと心に自分の現実との葛藤を抱えているだけだったならば、自分はここまで彼女を想わなかっただろう。彼女はお世辞抜きでとても可愛らしい。きっと家族や親しい友達の中では、笑顔の素敵な明るい女の子なのだろう。だからこそ余計に、彼女が葛藤を隠そうとする行為が痛ましく思えたのだ。

 

自分は、彼女と同じような状態になったことがある。大学3年の終わり頃だ。もともと自分はそういった面があることは自覚していたのだが、そのころから、どうしても大学に行こうという意欲が湧いてこないのだ。今思うときっかけは些細なことで、冬休み中のドイツ語の課題をやらなかったため、ドイツ語の授業に出ることができなくなったことだと思う。

ぼくは、そのことをメールに書いた。ぼくも苦しみ、ずいぶん足踏みしてしまったことがあること。この一年間、辛いことが多かったかもしれないけれど、どうかすべて忘れてしまうのではなく、そんな中で経験したこと、感じたこと、考えたことを少しでも自分のものにしていってもらいたいこと。

そして、退職という、十字架とまでは言わなくても、彼女のキャリアに、彼女の未来予想図に落とした影をしっかりと受け入れなければならないとしても、それでも夢や希望を失くさないでほしいこと。彼女の真面目さがあれば大丈夫。きっと何事にも前向きに取り組んでいけるだろうし、そんな彼女には周りもみんな味方になってくれるはずだってこと。

かっこいいキャリアウーマンにも、優しいお母さんにも、きっとなれると思うこと。

だから今は、ぼくの分までゆっくり休んでほしいこと。

 

今思うと、とても重いメールだった。先輩からこういうメールをもらうなんて、きっと、なんてうっとうしい、と思ったことだろう。ぼくはこのメールを書き終え、彼女らしい淡々とした返信を読んで、どっと、身体の芯から力が抜けてしまった。

誰かの力になってあげられること、誰かに何かをしてあげられること、それは本来、とても贅沢なものだ、と書いていた小説を思い出した。次のようなことを思った。

簡単に誰かの役には立てない。
その人をよく見、その人とよく知り合って初めて、その人の一部、その人の日常の一部、心の一部、生の一部になって支えられるのだ。

ただの共感では、なにも変えることはできないと思った。それに、この気持ちは、もしかしたら共感でさえもないのかもしれないと思った。

 

この気持ちは、ただ単に退職していく彼女の力になれなかったことに対する自分への無力感、失望感ではなく、単に、失恋の喪失感なのかもしれないと思い始めた。

共感なわけがなかった。「今の彼女の状態」などといったって、それは自分の妄想でしかなかった。何ひとつ、彼女が自分の言葉に共通点を見出すという、明らからしい裏付けはなかった。

最終日、彼女は各所に手続きやら挨拶やらをして、午後にオフィスに現れたが、当然と言うか、合わす顔なんてなかった。別段、あのメールを書いたことを後悔しているわけではないのだが、その理由が、ただの自分のわがままで、とても不純に思えたからだ。彼女には手を出してはいけない、という暗黙の共犯関係であったグループのメンバーの中で、自分は不用意に彼女に近づきたいと思い、その素直さ、純粋さに打ちのめされた。

 

18時を回って、彼女からお世話になった人向けに送信された退職の挨拶のメールが届いた。「ご連絡」というタイトルだった。うちの会社では、普通、このような挨拶には「ご挨拶」や「退職のご挨拶」というタイトルが定番なのだが、こういったところも彼女らしいと思った。まぁ連絡には変わりないのだが、そんな彼女に、最後のひとこととして、このメールをもらって、ひどく驚いて、残念に思っている人がいるんだよ、ということを伝えてあげればよかった、と後悔している。だからただの事務連絡のような扱いをしないで、と。彼女の隣でいろいろ最後の指導をしただろうAは、そんなことを伝えてくれただろうか。

 

彼女には心から元気になってほしいと思う。今思い出しても、彼女の思いつめた顔など想像もつかないくらい、浮かんでくるのは笑顔だけだ。きっと周囲に心からの笑顔を向けることができる日が来ますように。

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2008/03/22

[ONE LIFE]JR新宿駅は渋谷区か?

昨夜、仕事帰りに甲州街道沿いを新宿駅まで少し歩いた。甲州街道はここJR新宿駅の南口付近から、山梨(甲州)を通って下諏訪まで続いていたという。以前、逆のコースをたどって歩いた時は甲州街道の北側を来たので、次は南側を歩いた。この甲州街道は北側が新宿区、南側が渋谷区になっている。

箒銀杏という、箒が逆さになっているような姿から名付けられたという樹を眺めたりしながらのんびりと歩いていたのだが、あることに気づいた。甲州街道の南側は、新宿駅に向かって歩いていてもなかなか新宿区にならないのである。反対側にはもうルミネや小田急まで見えているのに。

結局そのままJR新宿駅新南口の辺りまで歩いたが、結局区の境は見つからなかった。どうやら、JR新宿駅のうち、大半のホームや南口までは新宿区のようだが、甲州街道から南側、新南口や一部のホームは渋谷区にあるようなのである。もう少しぶらぶらしてみればよりはっきりとした証拠を挙げることができると思うが、地図を調べてみると、高島屋や新宿御苑の西側位まで渋谷区なのである。

確か代々木や千駄ヶ谷は渋谷区だったなと思いながら歩いていたのだが、ここまで新宿に迫っていたとは、、。

恐るべし、渋谷。。(なんのこっちゃ)

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[ONE LIFE][音楽]柴田淳さんの「道端」について

毎朝シャワーを浴びるとき、CDプレイヤーで音楽をかけている。朝はよくめざましテレビなどテレビをつけるというのをよく聞くが、それだと毎日同じ時間に出掛ける人はいいかもしれないが、自分のようにそれを変えたい場合、なんとも不便である。いつも聞いているCDアルバムならば、「この曲が流れているからあと何分」ということが、その絶対時間(7時に家を出るか、8時に家を出るか)に拘わらず分かるのである。

この一年くらい、ほぼ9割以上この朝CDは柴田淳さんの「月夜の雨」だった。名前が自分と似ている、という良く分からない理由で「オールトの雲」を聴いて以来、その静かで少々感傷的な世界にいくらか周期的にはまっている。ただ自分は高校3年以来村上龍さんに影響されて、柴田さんがリスペクトしている?70年代フォーク、80年代歌謡曲、のようなものを受け入れないたちなのだが、柴田さんの曲には新しくもその時代の「調」のようなものが感じられ、「よわっちい歌なんか嫌いだ」と言いつつも結局は負けているんじゃないかと思うこともある。

しばじゅん(柴淳)の曲は、いうなればセンチメントと、聴いている自分が「甘えてるよなぁ自分って」と強く感じるほどの優しさだ。一昔前の?村上ファンなら見向きもしないような、言ってみれば軟弱さでできている。もともと女性による、女性のための歌なのかもしれないが、だからといって「お涙頂戴」を公言し、あまり目立たないもののもう6年以上歌い続けているアーティストは珍しいかなと思う。感傷的な曲には、その作詞者のバックに相当な教養や哲学のようなものが必要で、しっかりとしたそれがないと「中学生が作ったのか?」と思うような薄っぺらいものができあがる。しばじゅんにそれがないと思うのは、自分がファンだからだろうか。

今掛けているのは、久しぶりにいくつかを掛けようと思った際に手に取った「わたし」の中の「道端」という曲だ。この歌の詩も、現在のアーティストにはないような独自さ、悪く言えば地味さがある。一般的に見れば地味な歌詞だがとてもしばじゅんらしい「日常のある瞬間を切り取ったら私は夢想の中にいた」とでも要約したいような、さびしく、でも柔らかく、強い詩だと思う。曲調は、しばじゅんにしては珍しく、ちょっと激しく、力強い。

晴れた日をどうして嬉しいと思っていたんだろう
透き通る青空 誰も見上げはしない

踏みつけていく その水溜りの中を
覗いたのはいつの頃のことか
小さな空 足元に見つけたこと
宝物だった

「君じゃなくてもいい。」そんな時代なら
まだ忘れていない大きな宇宙へと羽ばたいていこう

柴田淳 「道端」

さびしくて、一人だけど、でもそんなのに負けたくないし、これからも自分は頑張っていける、という強い気持ちを感じる。日々頑張って充実している人はともかく、頑張ろう、頑張ろうとして自分と戦っているような人たちに聴いてもらいたいと思う。

久しぶりにこの曲を聴いて、周りや自分の底に潜む妥協や常識や無難といった敵に立ち向かっていこう! という気持ちになった。

こんな詩を思った。

どうして自分には、幼い頃の気持ちが残っているんだろう。
どうしてこんなにも、あの頃に囚われるんだろう。
いつの間にか、誰も自分のことなんか気にしない、離れたところに立っていた。

どうやっていつも、明日を見つけていたか、もうよく思い出せない。
何よりも大切に思ったあの日、どんな気持ちで今を見ていたっけ?

でも私のすぐ近くに、あの頃の私はいる。
いつの間にか変わってしまった、この自分の中にも確かに。

そう、自分はあの頃はずいぶんと詩のようなものを書いていた。そんなことまで忘れかけていた。

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2008/03/12

[ONE LIFE]男の覚悟

会社のグループの飲み会があった。グループリーダ(普通の会社の課長レベルか?)が声を掛けて、部長とその上の上の本部長まで来た。部長はともかく本部長まで来るとは思わなかったが、それには訳があったようだ。

その席で、ぼくの同期の女性が結婚を発表した。どうやら本部長はそのことを電話で知らされて、「そんなイベントがあるなら行かないわけはいかない」ということで急きょ来たらしかった。

ぼくが驚いたのはそんなことではなく、彼女のお相手が、これもまたぼくの同期のAくんではなかったということだった。彼女とAくんは新人時代からずっとセットでプロジェクトをこなしていて、いつも一緒にいるイメージがあり、傍目にも仲が良く、いわゆる「お似合い」に見えた。彼女はなかなか綺麗な人なのだが、Aくんも好青年で、嫉妬するのも忘れて、「二人はいつ結婚するんだろう?」と、ずっと、変な言い方をすれば、見守っていた。

もちろんAくんもその場にいたのだが、今日はずいぶんと調子が悪いらしく、彼のダークサイドばかりが目立ったようだった。部長と「A、おまえはいつ結婚するんだ?」「しますよ、今年」「相手は?」「いないけど、、」というような会話を2,3度していた。すると結婚を発表した彼女が「私とするんだもんねー」「再婚はAとするから」などと茶々を入れ、ぼくはもう気が気ではなかった。

Aくんがどう思っていたのか、あまりにシリアスな話でもあったので、その場では聞かなかった。だから確かめたわけではないのだが、ぼくには彼が寂しそうに、辛そうに見えた。明日の業務後にもメールを入れようと思う。

帰り道、ぼくはAくんが彼女に振られてしまって落ち込んでいた、という想像に支配され、そんな辛そうにしていた彼を勝手に羨んでいた。20代後半になってもあんなに真剣に人を好きになれるなんてすごい、と。ぼくは失うのが嫌で、もうずぅっと「真剣に」人を好きになっていないような気がしている。落ち込んでしまうような、死にたくなるような、そんな恋愛ができるような奇跡を、もはやぼくは持ち合わせていないのかもしれない。

まぁぼくのことはともかく、Aくんは好青年だ。彼の遺伝子はきっと人類のためになるだろう。彼が幸せになることを祈ってやまない。同期のくせに失礼かな、と思いながら。

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2008/03/11

[ONE LIFE]社会人の姿勢

3/10のカンブリア宮殿(テレビ東京系列、関東では毎週月曜22:00~22:54)ではカネボウ化粧品社長知識賢治さんが出演された。産業再生機構の下で復活を託されたカネボウの若き「元一社員」だ。

これからは「猛勉強の時代」と言われているようだ。なるほど、今は「~勉強法」や自己変革のような本が売れているし、通勤電車の中でも心持ち参考書を読んでいる社会人を見掛けることが多くなったように思う。番組の村上龍さんは、「そんな社会人が増えている中で、どうして知識さんが社長として抜擢され、活躍しているのか」ということをテーマにして話を進めていた。

その結論としては、

猛勉強していると、自分は何のためにこんなに必死になって勉強して、仕事をしているのか、という問いに迷い込む。迷って迷って、悩んで悩んで、その先の答えを獲得すること。それができたなら、その人は悩みぬいた先で自分の行動の理由を見つけたことになるわけで、そういう人は強い

ということだったようだ。確かに、自分もいろんな本を読んで、「今は勉強する時だ」と思っていても、ちょっとでも気を緩めると「自分は本当に勉強したいのか?」「そんなに必死になって今の仕事をしたいのか?」などと考えてしまう。

「考えてしまうと前に進めない」ということも言われ、そんなことを考えることは良くないことだとも思っていた。自分にはまだまだ「猛勉強」度合が足りず話にならないが、番組を見て、今自分がしなければならないことは、自分を突き詰める、ということではないかと改めて感じた。

知識さんは、「自分が正しいと思ったことをやり続ける」ことが大事だと言われた。「途中でやめるから失敗するんだ」とも。将棋の谷川浩司さんも「これと決めて挑戦し続けることが大事」と書かれていた。自分にはこんなに大事な言葉があるのだから、それを信じて自分を突き詰めていかなければならないと思う。

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2008/03/08

[ONE LIFE]バイオエタノールと命の炎

3/3のカンブリア宮殿(テレビ東京系列、関東では毎週月曜22:00~22:54)では伊藤忠商事会長丹羽宇一郎さんが出演された。商社ということで、現在進行中の世界的な食料争奪戦についてお話が出た。トウモロコシがバイオエタノールの原料として、どんどん小麦に代わって生産されている、という例のものだ。

アメリカではトウモロコシの価格の高騰を見越し、農家や食料商社が大量にトウモロコシを備蓄し、更なる値上がりを待っている、という様子も映し出された。これには驚いたが、食糧であろうと投資の対象と見れば別段普通のことで、買った株の値上がりを待っている、という構図で片がついてしまう。しかし考えてみるとこれは恐ろしいことでもある。

丹羽さんはその中でアフリカの現状に触れ、「今でも子どもの5人にひとりは食料不足で亡くなっている」ということをおっしゃった。よく聞く話ではある。その数字についてはもしかしたらいろいろな説があるかもしれず、それに関しては詳しく調べてみる必要はある。さらに続けて、燃料にトウモロコシを使うのならば、先進国はアフリカに送ってあげればいい、ということをおっしゃった。この言葉を聞いて、自分は次のように感じた。

「バイオエタノール」という言葉を聞いて、おそらく、日本人の多くは「エタノール」という言葉から、理科の実験に使ったアルコールランプを想起しないだろうか。こぶし大ほどの、やや平べったく丸い、中央にふたのついたランプのあるビン状のものである。ビンの中に8分目ほどにエタノール(だったか?)を入れてマッチで火をつけ、その上の網に置いたビーカーなどを熱するのである。

そのエタノールにトウモロコシで作られたバイオエタノールが使用される、いや、アルコールランプを用いなくても、「バイオエタノールが使用されている」イメージとして、「炎」が想起された。アフリカに送れば飢餓から子どもたちを、人々を救えるはずのトウモロコシを燃料として使用して、である。

その時想起された炎は、アフリカの、世界中の貧しい人々の命の炎ではないのか。今も刻々と過ぎる時間とともに失われていく人々の命、それを実際に見ているのではないのか。

これは倫理的な話ではなく実際的な話だと考えている。「日本人の食べ残しを集めると*人分の食料になる」といった算数でとどまる話ではないのである。大量のトウモロコシが実際にある、それを輸送する、配る、そういう現実的な話である。

今までもこのような話はあっただろう。先進国の余った食料をアフリカなど貧困国へ。日本国内でも、豊作の年は価格が下がってしまうからとわざと収穫された野菜などを捨ててしまう映像がニュースでも流される。そのたびに叫ばれてきたことではあった。しかし今自分は、心の中で想像したことでしかないとはいえ、「命の炎」を現実に存在するものとして認知してしまった。自分の中で実感してしまった。

私たち先進国の人間は、それを見てもなんとも思わないのだろうか。正義や倫理や宗教を持ち出すまでもなく、人間として嫌悪感を抱かないのだろうか。

地球温暖化に対しては「エコバッグ」を使用しながら(そのため、ゴミ出し用の袋がついに底をついたしまったため、今日、生まれて初めて自治体指定のゴミ袋を買いに行く予定である)考えていくが、その解決方法としてのバイオエタノールの導入に関しては引き続き反対の意見を持ち続け、社会人としてより良い方法を考えていこうと思う。

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2008/01/18

[ONE LIFE]自己の研鑽について

ちょっとだけ遅いですが、Googleのプレスセンターの記事を和訳してみました。よろしければご覧ください。誤訳の指摘大歓迎です。単語の正確さよりも、普段の日本語らしく、意味の通る翻訳を心がけました。

http://dailynglishwords.g.hatena.ne.jp/tatakauashi/20080118

いつの間にか「はてな」にもアカウントが、、w。でもこちらは実際の勉強系のことを集めておくつもりです。

 

昨日、梅田望夫さんの「ウェブ時代をゆく」の再読が終わりました。今回の再読から、ドッグイヤー(耳の方ですよ)だけでなく、本文に赤線を引きまくることをしました。今まではずっと、本が汚くなるからと、別段古本屋に売りに行くことなんてないのに、綺麗綺麗に読んでいました。

まぁそれでもいいのでしょうが、自分のように何回も何回も読み返すような癖はあまり良くないのではないかと思い、読み返した時に要点がすぐに分かるように赤線を引きまくったわけです。

自分は「三色ボールペンで読む仕様書」(ソフトウェア・テストPRESS Vol.2)の記事を読んでから、赤、青、緑の三色ボールペンを使っているので、青、緑の線も引きます。

引き続き茂木健一郎さんの「脳を活かす勉強法」の再読を進めているので、「ウェブ時代をゆく」のまとめはその時一緒に行い、これ記事を読み返せばいちいち本を手に取るまでもない、というところまで凝縮させることができるものを書こうと考えています。

 

この、お二人の本を読んでいて、今日の帰りの電車の中で胸にある決心が点りました。

自分は去年の10月半ばころから、職場に7時40分ごろ入って勉強する、ということを(ほぼ毎日)続けています。今年で言うと、初日(7日)は始業時間にも遅れるほどでしたが、それ以降はしっかり8時10~15分前には余裕でオフィスに入っています。

ただ、仕事場の自席なので当然PCがあります。朝は来がけに買ってきたパリジャンサンドにかぶりつきつつ朝専用をごくごくやりながら茂木さんの「クオリア日記」や渡辺千賀さんの「On Off and Beyond」を読みながら(もちろん梅田さんの「My Life between Silicon Valley and Japan」もです)ゆっくりとエンジンをかけていたのですが、そんな「ゆっくり」ではいけないのだ、ということを「脳を活かす勉強法」を読んでひしひしと感じました(「瞬間的に集中する!」)。それに、朝7:45とはいえ、いつも7時にはうちの事業本部長はすでに来ているし(結構席が近い)、目の前の席はこちらも朝が早いと有名な先輩がすでに仕事(or 勉強?)を始めているので、パリジャンサンドも遠慮がちにしか減ってくれません。

ということで今日の帰りの電車の中で思い立ったことは、「朝の1時間~1時間半ほど、誰も使っていない会議室に籠ればいいじゃないか」ということです。これならば同じく「脳を活かす勉強法」にあってとても感銘を受けた「鶴の恩返し勉強法」が会社でできます。これは名案。

未読の方のためにちょっと解説をすると、「鶴の恩返し勉強法」とは、人目のつかないところで、人目を気にせずに猛烈に集中して勉強することです。声に出して読み、猛烈に書き、大量の問題を、ものすごい速さで解きまくる、というものです(正確にはちょっとニュアンスは違いますが、、)。同書には、

  • 猛烈な速さで、
  • 大量の問題を
  • 自分と問題が一体になるくらい没入して

勉強する、というように書いてあります。自分は個人的にもとても共感します。何しろ自分は普段から何か作業をするときは独り言が漏れてしまう方なので。それにしても「猛烈」と3回も書いてしまいましたが、これが将棋棋士、とりわけ米長邦雄永世棋聖ならば「脳が汗をかくくらい集中して」とおっしゃるのでしょう。

 

自分はこの勉強を、情報処理技術者試験の「テクニカルエンジニア(データベース)」に充てるつもりです。去年受けた(ついでに言うなら撃沈した)同期によると、業務をたくさん経験してないと無理、ちょー難しい、ということでしたが、毎年春は同「ソフトウェア技術者」をなんとなく受けていたので、今年はハードルを上げました。

自分ももうそろそろ、新しい世界に挑戦するか、このまま今の会社で頑張っていくか、ということを決断しなければいけないのかもしれないと考え始めてます。そんな自分を試す意味でも、この試験はとても重要です。

この折に、「ウェブ時代をゆく」、「脳を活かす勉強法」に出会えたのは天佑というべきでしょう。しかし、それを実際に自分に適用させてこそ意義があるわけです。映画「耳をすませば」の雫のように、3か月、自分を試してみたいと思います。

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2008/01/14

[ONE LIFE]地球温暖化に対する自分のもう一つの姿勢について

3日に出した年賀状の返信が来ているという連絡を受けて、正月休み以来中一週間ほどでまた実家に帰ってきた。

今年、自分が出した年賀状は、子供が生まれたというJを除けば彼、「きゅう」くんだけだ。中学高校まではずいぶん気合を入れて書いていたものだが、大学の卒業をきっかけに、大学とは関係ない中学、高校の友人とも年賀状のやり取りをしなくなってしまった。初めの頃はメールもしていたが、今はそれも全く分からない。だいたい、この2人にしても、自分はメールアドレスさえ知らない。Jは、未だに大学のメルアドが有効なのかも分からない。

きゅうくんとは大学の同級(クラスメイトというのか?)だった。まだ覚えているが、自分は彼と一緒に、一年生の一番初めの授業に遅刻したのである。当初の予定はその授業は2号棟で行うはずだったのだが、確か事務棟に掲示があって、急遽17号棟に変わっていたのだ。お互い顔も見慣れない二人だったが、おかしいおかしいと言いながらようやくその掲示を見つけ、不慣れな学舎をさまよった末、目的の教室にたどり着いたのだった。

あれからもうずいぶん経った。

彼は故郷に帰り、家業のいちご栽培をしている。家業を継ぐ(のか?)とは言え、辞める辞めると言いながらずるずるなんとなく会社づとめをしている自分のような人間に比べ、ずっと勇気のいる選択をしたのだろうと思う。何より、組織に属さずに生き抜こうというだけでも、彼は先輩なのである。

彼の職業は、市場(流行、地域・国際競争、為替、景気など?)だけでなく自然をも相手にしなくてはならない。昨今のエルニーニョ現象など地球温暖化の影響を受けたりはしないのだろうか。当然ハウス栽培であるわけだが、自然というものはそんなに甘くなかろう。

日本をはじめ先進国、及び中国、インドといった新興国の経済活動が原因となって引き起こされる地球温暖化がもたらす影響として、日本人など誰も気に掛けない国々の人々が、干ばつによる飢えや大洪水による被害を被っている。自分が勤めている会社でも昨年、エコバッグが全ての社員に配布された。会社としては「社会貢献してますよ」のアピールであろうし、実際に各社員がそれをどのくらい使っているかは極めて疑問であるのだが、社会全体として「地球温暖化を防止しよう」という「やんわりとした」雰囲気が生まれているのも確かだ。シリコンバレー在住の事業戦略コンサルタント(っていうのかしらん?)渡辺千賀さんもそのブログ「On Off and Beyond」で「エコロジーのメインストリーム化」を2007年の「アメリカ・トップ5ニュース」に挙げている。また、この正月休み中の番組にも各テレビ局で数時間の特集が組まれたりもした。この雰囲気は今年、更に大きくなっていくだろうと思われる。

映画「不都合の真実」もあり、私たちはずいぶんと地球温暖化に対して現実感を認識してきた。一方日本政府はというと、今秋には日本の主催でサミットが開かれるが、強い意気込みを示していた安部首相が退き、期待されていた福田新総理も、特段現職閣僚の辞職もないのにふにょふにょの感(別名「無難に乗り切れ感」)が見え隠れするようである。自分としては「スーパー、コンビニなどで袋をもらう人は消費税倍増だ!法案」のようなものでガガガっと「こんなにやってるぜ日本」を見せつけろ!と思うのだが、やはりこういうことは民間、個人でがんばって政府を動かしてやるぜくらいの姿勢でないといけないのかもしれないとも思う。

こういった観点に、または身近な地球温暖化防止の理由付けに、自分はきゅうくんのいちご栽培を考えたいと思ったのである。地球温暖化を防止していちごたちを救え、というわけだ。もちろん、影響としては両極の氷が溶けてモルディブが海に沈むとか、世界で農作物が獲れなくなるとか、アメリカがハリケーンで被害を受けるとかがメジャーなところだが、本当はもっともっと、私たちが知らないこともたくさんあるはずである。「いやいや、まだこんな影響もある、こんな影響もある」とインテリぶって指摘して他人のやる気をそぐよりは、「自分は身近な問題として考えている」というスタンスで実際に行動を起こすことが大切だとおもうのである。

私たちは一人一人、地球温暖化に対して実際的に身近な問題としての姿勢をとる必要があるのではないだろうか。

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2008/01/11

[ONE LIFE]人に伝えることを、より分かりやすく、早く書く

最近、茂木健一郎さんの「脳を活かす勉強法」を読み終えたこともあり、再び梅田望夫さんの「ウェブ時代をゆく」を読み返している。初読では、第七章「新しい職業」と第五章の「手ぶらの知的生産」が印象深かった。「新しい職業」については改めて書きたい。

まだ再読の途中だが、まず真っ先に読み始めた「手ぶらの知的生産」を読んでいて思ったことは、自分に欠けている「自分が伝えたいことを分かりやすく文章にまとめる」ということがこれからとても重要になる、ということだった。

思えばこのブログにもただエントリを増やしたいがために書いたようなものもあり、それをいちいち読みに来られた方に見せたのではその方々に失礼なのではないか、という思いがよぎった。そして、茂木さんの「脳を活かす勉強法」の影響であるが、常により良く分かり易くという努力とともに、より早く書くということも大事だと感じた。より分かり易い文章を、より早くと常に自分に課しながら、「努力しながら書く」、「書き終わった後にまずい所を修正しつつ次に生かす」ということをしなければならないと考えた。

特に「けものみち」においては、自分が興味を持って考えているもやもやとしたことを、相手に合わせてわかりやすい形に構造化してコミュニケーションする能力が重要になる。「ウェブ時代をゆく」161ページ

これからの時代は、同章に「知的生産」を進化させるの7点として挙げられているように、誰にでも平等に圧倒的な知を利用する機会ができ、それらを調べ、理解を深め、発見し、その成果を広く世界じゅうに発表するインフラがあり、それらが集まった「集合知」に触れることで成長でき、といった過程には、「ネット上でのコミュニケーション能力」が重要なスキルになる。ネット上に膨大に溢れている知を自分の興味を道しるべにまとめ、またそれを自分のスキルとして身につけることができるのももちろんネットの大きな魅力だが、それと同等以上に、自分が興味を持っていることに同じように強い興味を持ち、自分と同じように夢中になっているネット上の人たちと関わり合い、お互いにその対象に関する知識や能力を高めていくということもネットが持っている誰も底を知らない可能性だ。

だからこそそこにチャンスがある。それは必ずしもリアル世界の自分の経済にすぐに反映されるものではないだろうが、「今日とは違う自分になる」ということではとても画期的な現象だと自分も思う。

これからは、無駄なエントリを書かず、より分かりやすくためになるものを書いていくつもりだ。そして、時間を決めて集中して書き、アップした後も反省をしながら、自分を高めていきたい。

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2008/01/08

[ONE LIFE]卵のフライを作ってみた

ずいぶん前のカンブリア宮殿でエッグキングと呼ばれてるらしいイセグループの伊勢会長が出ておられた時に、奥様が作ってくれるという卵のフライが紹介されていた。

あれからずっと作ってみたいと思ったままずいぶん経ってしまったが、今夜から、家で食べる夕飯のおかずを、近所のスーパーの半額になったお惣菜から脱却することに決めたのを機に、作ってみることにした。

ただ、この放送のビデオ(HDDの場合もビデオというのかは知らないけれど)がちょっと見当たらなかったため、この放送を見て作った方のブログを探した。ら、さっそく実践されていた方がいらした。
『釣る!創る!食べる飲む!』 名古屋のひよっこ釣り師です。

これを見ながら早速作ってみました。以下は、作ったときのものと、その反省を織り交ぜた結果の、「次に作る時はこうしよう」という手順です。

  1. 22センチの小さなフライパンに油を入れ火に掛ける。中火で、たぶん180℃くらい。適当。もちろんフライパンの大きさも
  2. お茶碗の底をまぁるく覆うようににパン粉を敷く
  3. その上に躊躇せず生卵を落とす
  4. その生卵を覆って余りあるくらいパン粉を掛ける
  5. まんべんなくパン粉をなじませた後、お茶碗の底からまぁるく生卵を優しくつかんで油の中にそぅっと置く
  6. すぐ焦げ出して中の黄身が心配になるが、意外に火は通らない。破裂もしない。よって、じっくり50~60秒そのまま揚げ続ける。できた卵フライをご飯にのせて半熟の黄身がとろとろ~り、を狙う場合はもう10~15秒短い方がいいかもしれない
  7. 6.の時間が経過したら、菜箸ででもなんでも卵を裏返す。そのまま20~30秒揚げる
  8. 7.の時間が経過したら火を止め、少しだけ余熱で卵をもてあそぶ
  9. 十分に油をきってお皿に揚げて完了

卵のフライを作ってみた
卵のフライ
(黒い「うにょ」はケータイカメラの傷です……)

ぼくが2回挑戦した時は10~20秒あげる時間が短かったため、お皿でそのまま食べようとしたのに黄身がとろとろ~りと。紹介したブログの記事には「しょうゆで」とあったけれど、ぼくの家のしょうゆは味が落ちてしまっていたため、塩で食べた。塩もかなりいける!

食感は、まず白身の部分の感触が、外側は当然パン粉なので「カリ」なのだが、そのすぐ内側はたとえようのないような「フワ」感なのだ。もう少し黄身が固い方が自分としては良かったのだが、程よく黄身が固ければ白身との食感の違いを味わえるだろう。おすすめ!

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2008/01/06

[ONE LIFE][仕事]「プロフェッショナル仕事の流儀 クリスマス・スペシャル』

遅ればせながら、去年のクリスマスに放送された、NHKの番組「プロフェッショナル仕事の流儀 クリスマススペシャル」を観た。今まで2年間で72人ものプロフェッショナルが出演したそうだ。

視聴者が選んだナンバーワンの流儀は将棋棋士羽生善治王座・王将の「才能とは、努力を継続できる力」だった。

むかし、読売巨人軍の後楽園球場(東京ドームも?)のベンチ裏に、これとよく似た言葉「努力し続けることが才能である」が貼ってある、ということを聞いたことがあるが、それを思いだした。

いい言葉、ためになる言葉とは、おそらく、それだけではあまり力を出さない。その言葉を誰が言ったか、ということが大きいと思う。そういう意味では、この「プロフェッショナル 仕事の流儀」という番組はいい番組だ。ただ言葉があるのではなく、そのプロフェッショナルが自らたどりついた言葉を紹介するからだ。

今回は羽生さんで、もちろんぼくは羽生さんを尊敬しているのでこの言葉はすっと自分の中に入ってきた(初回の放送時もそうだったが)。将棋棋士としてはぼくは谷川浩司九段も尊敬していて、九段の本は大事に職場のデスクに常備している。

この番組の2年の放送でぼくがいいと思ったのは、今回の視聴者が選んだ15選にも入っていたが、パティシエ杉野英実さんの「あたり前のことが一番むずかしい」だ。また、本放送(プロフェッショナル 仕事の流儀 第3回)では「あたり前を続けると 特別になる」という言葉も紹介された。「職人が手を抜くとろくなことにならない」とも。

 

明日から今年の仕事が始まるが、この番組を観て、またやる気が湧いてきた。

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2008/01/03

[ONE LIFE]腕時計の復活とこの一年

もう去年の話だけれど、東京日本橋の大森時計店に頼んでいた腕時計の修理が済んだと連絡をいただいて、その日に受け取りに行った。さすが。元通りになったようだ。

ぼくの腕時計はちょっと時間が進みがちなのだが、それも腕時計の個性だと思っていて、その進んだ分をぼくの中で差し引いて時間を見る癖がついていた。そのため、自分ではめったに時計合わせをしていなかった。これが原因で、時計合わせの軸がさび付いて動かなくなってしまったということだった。

何かを大切に扱う、これは思っているよりも難しいことなのだった。おじさんはこまめに時計の時間をを合わせることが大事だと教えてくれた。大切にしたい何かには、その接し方があり、それを知らなければいくら気持ちで大切にしたいと思っていても、結果的に良くないのだということを学んだ。独りよがりではない、本当の優しさとは何か、ということを身をもって学んだ。

一方で、ぼくはいつまでもこの時計を後生大事に持っているべきなのだろうか、とも考えた。何かに執着するのは明らかに依存であって、そんなものはないに越したことはない。その解決方法はとっくの昔から自覚しているし、最近また、その糸口にも出会えたような気はしているが、相変わらず自信はない。

 

多分ぼくには、自分はこうなりたいのだ、というビジョンがないのだと思う。自分自身の明確な設計図がないのだ。ただそのときそのときの気分に応じて勉強したり仕事したり焦ったり恋したり自信を無くしたりしているのだろう。

年賀状をもらった友人のように、結婚したり子供ができたりといったことは、自分自身の明確な設計なしではありえない。別段そういったことには限らないが、そろそろ社会人として、自分の「分」というのを自覚しなければならないだろうとは思っている。自分には何ができて何ができないか、そういったことを見つめなおさないことには、どこに進んでいくべきかも分からない。


そういう「先が見えない」「分からない」といったことが「自信のなさ」として表れているはずで、友人に対して劣等感のようなものを抱いているとすれば、それは社会的に認められるか否か、どちらがより社会的地位が高いかではなく、もっと個人的な尺度での心の充実度で計られていると信じたい。ただ、まだ彼とはここ数年会ってもいないので、彼の心の充実度は、「結婚したり子供ができたり」といった、彼の明確な設計を予感させるグッドニュースから計られているわけで、これは仕方がない。

ぼくも自分に自信を持てればいいのだが、一体自分の何に自信を持てばいいのか分からない。ぼくは基本的に自分を買いかぶっているところがあって、何をしても「自分なら当然」と思ってしまう。これは茂木さんの「脳を活かす勉強法」読んでいるうちに良くないことだと気づいた。もし自分が何かを達成してもその達成感を味わいにくく、ドーパミンが放出しにくい心理条件だと考えられるからだ。また、これはちょっとした失敗でも大きなショックになり、落ち込みやすい自分の性格にも合致しているように思える。

ぼくはなぜか昔からろくに努力もしないくせに自分の実力を高く見積もる癖がある。この心理はどうして起こるのか、自分では全く分からない。おそらくそのきっかけは、小学校に上がる前から、ぼくの背が高いというだけで周囲を見下すようなことをぼくに吹き込んだ両親の影響が少なくないと思う。が、そんなくだらないことにいまだに囚われている自分が情けなく、また、そう思い込む自分がもっと情けない。

もうひとつは、「自分の実力はこんなものじゃないはずだ」と思うことで自信のない自分を保っている、ということもあるはずだ。

どちらにしろ、ぼくはこの「自分の実力を高く見積もる癖」をなくさなければならない。それこそ努力をするしかない。それには何かをやり遂げるということが必要不可欠だ。何か大きな目標を持ち、それに向かって着実に進んでいく自分を感じ、そのことに充実感を感じる。

それを共に感じ合える仲間が、多分ぼくには必要なのだ。

今年は、ぼくにとって復活の年にしたい。自信を取り戻し、胸を張れる明確なビジョンを打ち出し、それに向かって着実に進んでいける自分を感じることのできる、そんな自分になる一年にしたい。そのために、一日一日を、時間を大切にして、ぼくはぼくに関するいろんなことを充実させていきたい。

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2008/01/01

[ONE LIFE]本当におめでとう!

2008年1月1日、ぼくに一通年賀状が届いた。お隣韓国に留学?に行っている小学校からの友人からだ。

彼からは、去年ソウル市から年賀状が届いた。夏に結婚したと書いてあった。これを読んだ第一感は「先越された!!!」だった。別段ぼくにそんなあてがあるわけでもないのに。

それが理由ではないけれど(というより単に筆不精だからだったのだが)、去年は彼に年賀状を出さなかった。つい彼にいい言葉を贈ろうとして、そのままずるずる月日がたってしまった、というのが本音だ。

今年は、まさかと思ったのだが、「我が家に赤ちゃんが生まれました」だった。

 なんだと?? 彼が、。

 

本当に、昔からの友人に本当にめでたいことがあったことは心から嬉しいし、すぐにでもお祝いの電話をしたいくらいなのだが、この悔しさはなんだろう? 良くない、というよりもおかしなことだ。

彼も立派になったのだなぁと、結婚&出産(男の場合はなんていうのだろう?)だけでそう感じてしまうのは、ぼくにそんな社会的概念が棲みつき、人を見る目に少なくない影響を与えている、ということだ。ここ数年、彼には会っても、電話も、メールしてさえもないのに。

 

今年は、早いうちに彼に会いたい。いつのまにか地元に戻ってきてるみたいだし。

 

ちゃんと彼に会って、その立派さに圧倒されてから、直接、おめでとうを言うよ。

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