昨日、新人2年目の後輩が退職した。
彼女は自分と同じ部の同じグループであったのだが、この3月にちゃんと挨拶するまでは、自分が違うお客様のところに出ていたこともあり、顔さえ知らなかった。3月に、彼女が参画している案件のあるオフィスに自分も出向になり、そこで初めて顔を合わせた。実はその1か月ほど前の社員旅行でもちょっと顔は見ていたのだが、その時は彼女がそうとは確認しなかったし、どちらにしろ顔は忘れていた。
彼女は美人というよりは可愛く、可憐という言葉を使いたくなるほど無垢に見えた(まぁ大学を卒業した人間を無垢というのもおかしいが)。そしてそれ以上におとなしかった。周囲のすべてに、少しとりすぎではないかというくらい距離をとった応対をし、一様に丁寧だった。彼女のいるオフィスでは、自社の人間は彼女の他には自分の1年下の後輩だけで、つまり彼(以下、A)にしても少々年次が離れているため、それほど打ち解ける間柄ではなかったようだった。自分にしても、彼女を知っているのはオフィスの他では部の飲み会でだけだったが、いつも静かに笑っているだけで、部のみんなが彼女を捉えられずにいたようだった。そんな雰囲気が彼女にはあり、「彼女には手を出してはいけない」という暗黙の了解が、男性陣の間には少なからずあったように思う。
自分もずっと「静かな子なんだな」と思っていただけだったのだが、それが彼女の「防備」らしい、ということは、この2週間くらいに知った。
彼女は今月の中旬あたりから、よく休むようになっていたのだった。彼女のOJT担当であるAに聞いてみると、どうやら今年に入ってからもこういうことが度々あり、一度部長とGL(グループ・リーダ。一般で言う課長くらいか。 このGLは自分と同年だが)とそのことについて話をしていたらしい。そんな場を持ってみても、部長もGLも彼女のことは「分からない」と言っていたそうだ。体調なり気分なりをを崩し、休みがちになっているのだが、いざ面接をしてみても淡々と静かに、丁寧に受け答えをし、決して本心を明かさなかったようなのだ。
大人というものは、後輩の方から進んで近寄ってこない限りは、自分からよく知ろうと思うことはなかなかない。後輩ならば自分からすり寄ってくるのが当たり前だと思っているし、自分から近寄って行こうとするのはちょっと変だと思っているのかもしれない。とりあえずその時は本人も「大丈夫です」ということになったらしく、部長・GLも「じゃぁ頑張って」、つまり放置というか、成り行きを見守るという名の知らん振りと相成ったらしい。2人にしても、彼女の本心が分からなかったためどうすることもできなかったようだ。今思えば、このGLは女性であったのだから、もう少し彼女の心に寄り添ってあげることができたかもしれなかった。しかしいかんせん、彼女の心は堅かったし、7歳という歳の差はどうしようもなかったのかもしれない。
そのGLが仕切る、自分と彼女が所属している十数人の「グループ」には彼女の同期が1人いた。しかしその彼にしても彼女と同じプロジェクトだったことはなく、特に同期会で顔を合わせでもしない限りはあまり親しくもなかったのかもしれない。いや、それでも同期というのは特別なものだし、彼らに対しては彼女も違った表情を見せていたのかもしれないとも思う。
自分には仲の良かった同期がいた。が、彼はいつの間にか休みがちになり、担当プロジェクトも変えてもらい、しばらく仕事を続けていたらしいのだがついに辞めてしまった。自分はこの事を彼が辞めて1か月後に初めて知った。辞めた後、彼は郷里に帰って静養しているそうだ。彼とはここ1、2年は部も違い、時々メールのやり取りをするくらいしかなかったのだが、そんな悩みを抱えていた彼の力になってやるどころか、知りもしなかったことがとてもショックだった。体調を崩した時、退職するときはうつ気味だったそうで、今では彼とは簡単に連絡も取れなくなってしまった。もう1年近く前のことだ。
彼女が最近休みがちだということを知ったとき、自分はすぐにこの彼のことを思い出した。力になることができなかった彼の人生がどんなに変わり、彼女もまたその危機の中にいるということが、自分を緊張させた。何としても力になりたいと思った。
その週が明けて22日火曜日、その日の朝、彼女は自社に出社し、4月から変わった部長と面談をする予定だった。そのことは前日、オフィスを訪れた部長から直接聞いた。その部長は面倒そうに、「あいつはもともとうちの業界を特に志望して入ったわけじゃない」とか、「あいつ(会社支給の)ケータイにも出ねぇ」などと口にし、彼でさえ彼女とはろくに話もしたことがないはずなのに、初めから厄介事扱いだった。その部長のことは自分もよく知っていたのだが、この日、改めて彼のことを幻滅したのだった。
そんな部長が彼女に何を言うのかは想像ができた。「どうなってるんだ」「仕事、できないのか?」「電話には出なさい」「(心療内科の)病院に行け」「休め」。彼女は自分と同じく技術職に就いているのだが、部長は「無理だったら事務・管理職に移るか?」とまで言ったそうだ。
自分は彼女のことが心配になり、どうしても面談の前に彼女に声を掛けておきたくて、その日はオフィスに直接出社せず自社で彼女を待った。自分は面談を気軽に受けるようアドバイスし、部長が何を言っても気にしないで欲しいということを伝えたかったのだが、自分もどう言葉を掛けてよいのか分からず、「××さん(部長のこと)、説教するとき変なこと言うけど、気にしないでね」としか言えなかった。もっともこれは、自分が、たとえ年下であろうと、女性に声をかけることが苦手であったということが大きな要因ではあるのだが。自社のオフィスの前で電話で部長を呼び出した彼女は、ほんの少し緊張した表情で、そんな自分に愛想笑いを返してくれたのだった。
それから1週間、彼女は出社しなかった。自分は頻繁に彼女のOJT担当であるAや部長と連絡を取り、彼女の様子を聞いていた。部長によると「今人事(部門)と話してる」というだけで、一応面談したという部長としての役割を果たし、後は人事に丸投げ、ということらしかった。その「人事」の意味することころを、自分は分かっていなかったのだった。休職なのか、他部門へ移るのか、せいぜいそのようなところだと思っていた。自分はてっきり、5月からはともに自社に戻り(もともとそういう予定だった)、彼女の様子を見ながら少しずつ仕事を教えていくつもりでいたのだった。そのために自社の自部門のメンバーで今年度のキックオフの飲み会も提案していた。自分と彼女が潜り込めるような案件を気づかれないように探ってもいた。
オフィスを後にする月末が近づくにつれ、Aと話していて挙がったのは、彼女の荷物がまだオフィスに残されている、ということだった。このままでは彼女はオフィスに顔を出すことなく今月を終えることになりそうだった。自分は彼にそのことについて彼女に連絡を取るように言い、最終日前日の休み、自分もたまらず彼女に確認のメールを入れた。どうもAは彼女に対してさばさばし過ぎ、もうちょっと気に掛けてあげないといけないと考えていたからだ。
自分は、そのメールに対する彼女からの返信で、彼女が今月末で退職することを知った。
自分はその時、東京駅から銀座の辺りをぶらぶらしていたのだが、まさに一足歩くごとにそのメールの重さが増していき、自分の用が済むとすぐ帰路についた。そのメールの返信を書くのに3時間を掛けてしまった。
初めの「荷物はどうする?」の確認のメールは、彼女の普段のノリに合わせた気安げなメールにしていた。彼女は今大変な状態にいるのだが、あくまでも彼女が示す態度に合わせ、何でもない風を装った。
しかし、東京の真ん中で彼女のそんな返信を読んだ途端、自分は自身のコントロールを失ってしまった。その日はずっと「うつにサヨナラ」という、優しく語りかけるような本(絵本といってもいいかもしれない)を読んでいたことも影響し、自分の中で、ろくに知らない彼女のイメージが暴走していった。
彼女はついに退職を決意した。そのことが、表面上はどう振る舞おうと、彼女の心は弱り、一人で苦しみ、一人で最後の決断までさせてしまったのだと思わせた。そんな彼女の相談にのってあげる人間が、彼女の周りにいてあげることができなかったのだ。あのオフィスには彼女のそばにはAしかおらず、ハッキリ彼では論外だった。しかし、自分のいる業界で年次を経ているということは、すなわち二十歳前後から入社2,3年の間に彼女のような経験、急に出社することができなくなるくらい気持ちが沈んだり、周囲に対して完璧な防壁を築いていたり、をしたことがないということかもしれない。思い返してみても、こんな彼女の力になれそうな人は、自分の同期にも、先輩にも、後輩にも、ひとり数えられるかどうかだ。
彼女が性格的に真面目で、ずっと心に自分の現実との葛藤を抱えているだけだったならば、自分はここまで彼女を想わなかっただろう。彼女はお世辞抜きでとても可愛らしい。きっと家族や親しい友達の中では、笑顔の素敵な明るい女の子なのだろう。だからこそ余計に、彼女が葛藤を隠そうとする行為が痛ましく思えたのだ。
自分は、彼女と同じような状態になったことがある。大学3年の終わり頃だ。もともと自分はそういった面があることは自覚していたのだが、そのころから、どうしても大学に行こうという意欲が湧いてこないのだ。今思うときっかけは些細なことで、冬休み中のドイツ語の課題をやらなかったため、ドイツ語の授業に出ることができなくなったことだと思う。
ぼくは、そのことをメールに書いた。ぼくも苦しみ、ずいぶん足踏みしてしまったことがあること。この一年間、辛いことが多かったかもしれないけれど、どうかすべて忘れてしまうのではなく、そんな中で経験したこと、感じたこと、考えたことを少しでも自分のものにしていってもらいたいこと。
そして、退職という、十字架とまでは言わなくても、彼女のキャリアに、彼女の未来予想図に落とした影をしっかりと受け入れなければならないとしても、それでも夢や希望を失くさないでほしいこと。彼女の真面目さがあれば大丈夫。きっと何事にも前向きに取り組んでいけるだろうし、そんな彼女には周りもみんな味方になってくれるはずだってこと。
かっこいいキャリアウーマンにも、優しいお母さんにも、きっとなれると思うこと。
だから今は、ぼくの分までゆっくり休んでほしいこと。
今思うと、とても重いメールだった。先輩からこういうメールをもらうなんて、きっと、なんてうっとうしい、と思ったことだろう。ぼくはこのメールを書き終え、彼女らしい淡々とした返信を読んで、どっと、身体の芯から力が抜けてしまった。
誰かの力になってあげられること、誰かに何かをしてあげられること、それは本来、とても贅沢なものだ、と書いていた小説を思い出した。次のようなことを思った。
簡単に誰かの役には立てない。
その人をよく見、その人とよく知り合って初めて、その人の一部、その人の日常の一部、心の一部、生の一部になって支えられるのだ。
ただの共感では、なにも変えることはできないと思った。それに、この気持ちは、もしかしたら共感でさえもないのかもしれないと思った。
この気持ちは、ただ単に退職していく彼女の力になれなかったことに対する自分への無力感、失望感ではなく、単に、失恋の喪失感なのかもしれないと思い始めた。
共感なわけがなかった。「今の彼女の状態」などといったって、それは自分の妄想でしかなかった。何ひとつ、彼女が自分の言葉に共通点を見出すという、明らからしい裏付けはなかった。
最終日、彼女は各所に手続きやら挨拶やらをして、午後にオフィスに現れたが、当然と言うか、合わす顔なんてなかった。別段、あのメールを書いたことを後悔しているわけではないのだが、その理由が、ただの自分のわがままで、とても不純に思えたからだ。彼女には手を出してはいけない、という暗黙の共犯関係であったグループのメンバーの中で、自分は不用意に彼女に近づきたいと思い、その素直さ、純粋さに打ちのめされた。
18時を回って、彼女からお世話になった人向けに送信された退職の挨拶のメールが届いた。「ご連絡」というタイトルだった。うちの会社では、普通、このような挨拶には「ご挨拶」や「退職のご挨拶」というタイトルが定番なのだが、こういったところも彼女らしいと思った。まぁ連絡には変わりないのだが、そんな彼女に、最後のひとこととして、このメールをもらって、ひどく驚いて、残念に思っている人がいるんだよ、ということを伝えてあげればよかった、と後悔している。だからただの事務連絡のような扱いをしないで、と。彼女の隣でいろいろ最後の指導をしただろうAは、そんなことを伝えてくれただろうか。
彼女には心から元気になってほしいと思う。今思い出しても、彼女の思いつめた顔など想像もつかないくらい、浮かんでくるのは笑顔だけだ。きっと周囲に心からの笑顔を向けることができる日が来ますように。